HOME > MOVIE> 『ホット・ロック』(1972)完璧に失敗する泥棒たち

『ホット・ロック』(1972)完璧に失敗する泥棒たち

『ホット・ロック』(1972)
映画考察・解説・レビュー

5 OKAY

『ホット・ロック』(1972年)は、ドナルド・E・ウェストレイク原作の小説をピーター・イエーツ監督が映画化したクライム・コメディ。泥棒ドートマンダー(ロバート・レッドフォード)率いる一味が、博物館からダイヤモンド“サハリ・ストーン”を盗み出そうとするが、計画は次々と失敗を重ねる。犯罪とユーモアが絶妙に融合した異色の快作。

ユーモアと犯罪のマリアージュ──ウェストレイクの軽妙世界

アフガニスタン・バナナ・スタンド。あなたはこの映画が観たくなる観たくなる……。

この一見意味不明な呪文のようなフレーズが、映画『ホット・ロック』(1972年)のトーンをすべて物語っている。そこはかとないユーモア、リズム、そして犯罪の匂い。

原作は、世界中にファンを持つアメリカの作家ドナルド・E・ウェストレイクによる同名小説。クライム・アクションの中に軽妙な笑いを織り交ぜる達人であり、犯罪のプロたちをどこか間の抜けた“負け犬”として描く筆致にこそ、彼の真骨頂がある。

映画版を手がけたのは、後に『ブリット』や『フレンズ・オブ・エディ・コイル』を撮るピーター・イエーツ。クールで都会的な映像感覚を持つ監督が、ウェストレイクの軽妙さと噛み合ったとき、映画は単なる犯罪劇ではなく、皮肉とウィットに満ちた“笑える犯罪交響曲”となった。

完璧な計画、完全なるドジ──ドートマンダー一味の魅力

主人公は、泥棒界の名プランナー、ドートマンダー(ロバート・レッドフォード)。彼のチームには、金庫破りの達人ケルプ(ジョージ・シーガル)、運転のプロであるマーチ(ロン・リーブマン)、そして大学で爆弾製造を学んだインテリのアラン(ポール・サンド)という個性派メンバーが集う。

彼らのミッションは、ブルックリン博物館に展示されたアフリカ国産のダイヤモンド“サハリ・ストーン”を盗み出すこと。計画は完璧。タイミングも綿密。だが、現実はいつも裏切る。神に呪われたようにすべてが裏目に出るのだ。

盗んだはずのダイヤは紛失し、刑務所に隠され、警察に押収され、また奪われる。彼らは何度も計画を練り直し、失敗を繰り返しながらも決して諦めない。その姿は、もはや“犯罪者”というより“職業的ロマンチスト”だ。

ロバート・レッドフォードは、いつになくコミカルで飄々とした魅力を放つ。完璧な顔立ちを持つ男が、次々と不運に見舞われては、ため息をつき、冷静にプランを再構築する。そのギャップがたまらない。

どんなに賢くても、どんなに慎重でも、世界は思い通りにならない──この諦観こそが、『ホット・ロック』の一番のユーモアである。

ピーター・イエーツの軽業演出──クールな犯罪に宿る遊び心

ピーター・イエーツはこの作品で、犯罪映画に“抜け感”という美学を持ち込んだ。計画の綿密さと結果のドジっぷり。そのギャップをスタイリッシュに演出し、観客に肩の力を抜かせる。犯罪映画なのに、どこか陽気。

クインシー・ジョーンズが手掛けたサウンドトラックが、まるで犯罪をジャズセッションのように軽やかに変奏していく。ベースラインがうねり、ホーンが鳴るたびに、ドートマンダー一味の焦燥と諦念がリズムに変わる。

特に終盤、ようやく“サハリ・ストーン”を手に入れたドートマンダーが、貸金庫室を抜け出し、街を駆け抜け、仲間たちと合流するまでの一連のシーンは、映画的快楽の極致だ。

緊張と緩和、スリルと笑いの見事なバランス。レッドフォードの表情の中に、ようやく報われた男の幸福と、再び破滅へ転がりそうな不吉さが同居する。

イエーツは犯罪の手際ではなく、“犯罪のリズム”を撮っている。すべてが完璧に噛み合わないからこそ、人生は面白い。そんなウェストレイク的アイロニーを、映像として見事に翻訳したのである。

アフガニスタン・バナナ・スタンド──無意味な合言葉が残した余韻

劇中で繰り返される謎のフレーズ「アフガニスタン・バナナ・スタンド」。意味はまったくない。だが、その無意味さこそがこの映画の核心だ。人生も犯罪も、計画してもうまくいかない。論理も因果も通じない。だからこそ、人は笑うのだ。

『ホット・ロック』は、犯罪という極限状況を通じて“人間の不完全さ”を賛美する映画である。どれだけ頭を使っても、どれだけ慎重に進めても、最後は運と偶然に翻弄される。そんな無力さを、イエーツは軽やかなリズムで包み込み、笑いへと昇華する。

もしこれがシリアスな犯罪映画だったら、ただの失敗談で終わっていただろう。だが本作では、すべての失敗がユーモアへと変換される。ウェストレイクとイエーツ、そしてレッドフォード。この三者のバランスが奇跡的に噛み合った結果、“軽さ”が“深さ”へと転化した。

ダイヤモンドは奪われ、計画は頓挫し、結末も曖昧なまま。けれど、スクリーンの外には妙な満足感が残る。人生はいつだって不条理で、滑稽で、そして愛おしい。

アフガニスタン・バナナ・スタンド。意味なんてなくていい。あなたはこの映画が観たくなる、観たくなる……。

DATA
  • 原題/The Hot Rock
  • 製作年/1972年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/105分
STAFF
  • 監督/ピーター・イエーツ
  • 脚本/ウィリアム・ゴールドマン
  • 製作/ハル・ランダース、ボビー・ロバーツ
  • 原作/ドナルド・E・ウェストレイク
  • 撮影/エド・ブラウン
  • 音楽/クインシー・ジョーンズ
CAST
  • ロバート・レッドフォード
  • ジョージ・シーガル
  • ロン・リーブマン
  • ポール・サンド
  • ゼロ・モステル
  • モーゼス・ガン
  • トポ・スウォープ
  • ウィリアム・レッドフィールド
  • リー・ウォレス
FILMOGRAPHY