『夜の大捜査線』(1967)
映画考察・解説・レビュー
『夜の大捜査線』(原題:In the Heat of the Night/1967年)は、第40回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞など5部門を制覇した、アメリカ映画史に燦然と輝く社会派ミステリー。人種差別が色濃いミシシッピ州の町で起きた殺人事件を巡り、都会から来た黒人の敏腕刑事ティッブス(シドニー・ポワチエ)と、偏見を隠さない町警察の署長ギレスピー(ロッド・スタイガー)が、衝突しながらも真犯人へと迫っていく。クインシー・ジョーンズによるジャズ・スタイルの音楽と、レイ・チャールズの主題歌が濃厚な空気感を演出し、異なる背景を持つ男たちが「プロとしての尊敬」で結ばれる姿をドラマチックに描き出す。
1967年の火薬庫と、歴史を変えた平手打ちの解剖学
1967年、アメリカは引き裂かれようとしていた。
ベトナム戦争の泥沼化による反戦運動の激化、そしてキング牧師が凶弾に倒れる前夜とも言える公民権運動の沸騰。カウンターカルチャーの波が押し寄せる一方で、保守的な価値観も根強く残る、混沌のカオス。
そんな時代のアメリカ映画界に、一発のダイナマイトが投げ込まれた。それこそがノーマン・ジュイソン監督による傑作、『夜の大捜査線』(1967年)である。
この映画は「黒人刑事と白人署長のバディもの」などという生温かいジャンル映画ではない。これは、スクリーンというキャンバスに叩きつけられた、人間の尊厳をめぐる血と汗の闘争宣言だ(断言)!
この映画が公開されたタイミングが、いかに奇跡的だったか。アカデミー賞授賞式がキング牧師暗殺の直後に行われたという事実だけでも、本作が背負った時代の重みが理解できるだろう。
この作品には、映画史における「最も有名な平手打ち」がある。物語の中盤、フィラデルフィア警察の敏腕刑事バージル・ティブス(シドニー・ポワチエ)と、地元の署長ビル・ギレスピー(ロッド・スタイガー)は、捜査線上に浮上した白人の有力者エンディコットを訪ねる。
温室で蘭の手入れをするエンディコット。優雅で、一見理知的に見える老紳士だ。しかし、ティブスの鋭い質問が彼のプライドを傷つけた瞬間、その仮面は剥がれ落ちる。「ニガー!」という差別語と共に、彼はティブスの頬を強烈に平手打ちするのだ。
従来のハリウッド映画、いや、当時のアメリカ社会の不文律であれば、黒人はその暴力を甘んじて受け入れ、唇を噛み締めて耐える姿が描かれるはずだった。
だが、シドニー・ポワチエは違う。「もし彼が私を殴り、私が即座に殴り返さないなら、私はこの映画に出ない」。彼はそう製作陣に突きつけた。
この場面は、戦慄するほどの緊張感に満ちている。エンディコットの手が離れたコンマ数秒後、ティブスの右手が電光石火の速さで閃き、老人の顔を張り倒す。バチン!という乾いた破裂音。
それは、数世紀にわたって積み重ねられてきた「白人の絶対的優位」という幻想が、粉々に砕け散る音だ。殴られたエンディコットの、信じられないものを見たという呆然とした表情(しかもその後、涙目になったりする!)。
この一瞬、権力構造は完全に逆転した。ポワチエの瞳に宿るのは、個人的な怒りを超えた、崇高なまでの拒絶だ。「私はお前の所有物ではない。対等な人間だ」という、魂の咆哮。
だがポワチエは、撮影の現場で、恐怖にさらされていた。物語の舞台はミシシッピ州スパルタだが、ポワチエはKKK(クー・クラックス・クラン)が跳梁跋扈するメイソン=ディクソン線より南には絶対に行かない、と用心していたという。
しかし、どうしても南部の綿花畑の風景が必要で、数日だけテネシー州に入った際、地元のゴロツキたちがホテルに押しかけ、ポワチエを殺すと脅迫。ポワチエは枕の下に銃を隠して眠った。
この映画に漂うピリピリとした緊迫感は、演者たちの命懸けのリアリティがフィルムに焼き付いていたからなのだ。
メソッドの怪物 VS カリスマの帝王
『夜の大捜査線』が、半世紀以上経った今も色褪せない最大の理由。それは、ロッド・スタイガーとシドニー・ポワチエという、水と油ほどに異なる演技スタイルを持つ二人の名優が繰り広げた、演技の総合格闘技にある。
ロッド・スタイガー演じるビル・ギレスピー署長は、「無知で差別的な田舎警察官」というステレオタイプではない。スタイガーは、アクターズ・スタジオで培ったメソッド演技法を駆使し、ギレスピーという男の内面に巣食う孤独、劣等感、そして焦燥感を、痛々しいほどリアルに肉体化する。
常に口を半開きにし、クチャクチャと下品にガムを噛み続ける仕草。あれは脚本にはなく、スタイガーの即興だというから驚きだ。あのガムを噛むリズム一つで、ギレスピーの満たされない精神状態、田舎町の退屈さへの苛立ち、そして自分より遥かに優秀な黒人刑事に対する嫉妬心を見事に表現している。
圧巻なのは、ギレスピーが自宅にティブスを招き入れ、バーボンを飲み交わすシーン。ここでギレスピーは初めて、鎧を脱ぐ。「俺には何もない。仕事と、この空っぽの家だけだ」。
差別主義者のレイヤーの下にある、哀れなほど孤独な一人の男の姿。スタイガーの目は、攻撃的な光を失い、迷子のような弱々しさを湛える。だからこそ、我々観客は、最初は憎たらしかったこの男を、次第に愛さずにはいられなくなる。
さすが、エリア・カザンの『波止場』(1954年)や、シドニー・ルメットの『質屋』(1964年)で知られる名優。アカデミー主演男優賞の受賞も当然だろう。
対するシドニー・ポワチエは、スタイガーとは対照的に、徹底的に抑制の演技で応戦する。彼が演じるバージル・ティブスは、フィラデルフィアという都会で成功したエリートであり、科学捜査のスペシャリスト。彼は常に背筋を伸ばし、完璧なスーツを着こなし、冷静沈着な言葉を選ぶ。
彼が口を開いて喋り出すその直前、そこには必ず、わずかな「間」が存在する。彼は即答しない。一瞬、沈黙する。そのコンマ数秒の静寂の中で、彼は煮えくり返るような怒りを理性でねじ伏せ、最も効果的な言葉を選び抜いている。
この意図的な間にこそ、彼が抱える巨大な葛藤と、それでも知性を武器に戦うという凄絶な覚悟が凝縮されている。彼は常に背筋を伸ばし、完璧なスーツを着こなす。ポワチエは、当時の黒人俳優に求められた模範的な黒人=Super Negroという重い十字架を背負いつつも、ティブスを生身の人間として成立させている。
白人警官たちからの侮蔑的な視線に対しても、決して声を荒らげず、しかし鋭い眼光だけで相手を射抜く。そして、その視線の強さだけで、画面の支配権を奪い取ってしまうのだ。
二人の関係性は、安易な友情物語には着地しない。彼らは最後まで分かり合えない部分を残している。だが、共に殺人事件という泥沼を這いずり回る中で、人種の壁を超えたプロフェッショナルとしての敬意が芽生える。
ギレスピーが自分で荷物を持ってティブスを駅まで送るラストシーン。言葉少なに交わされる視線。あの瞬間、二人の間には、世界中のどんな条約よりも強固な信頼関係が結ばれている。
熱、湿気、そしてクインシー・ジョーンズの魔法
『夜の大捜査線』を観ていると、喉が渇く。シャツが肌に張り付くような不快感を覚える。それは、この映画が徹底的に熱と湿気を視覚化、聴覚化しているからだ。
原題の『In the Heat of the Night』は、単に捜査の激しさだけでなく、アメリカ南部の逃げ場のない蒸し暑さを意味している。この映画のために結集した職人たちは、それぞれの領域で、その感覚を見事に結晶させた。
例えば、撮影監督のハスケル・ウェクスラー。彼は、夜の闇に溶け込んでしまうポワチエの黒い肌と、照明を反射しやすいスタイガーの白い肌を、同じフレーム内で適正露出で捉えるという、技術的に困難な課題に挑んだ。
ウェクスラーは、ポワチエのために特別な照明設計を行い、彼の顔の表情、汗の粒の一つ一つまでを鮮明に映し出す。これにより、映画全体に漂う、脂ぎったリアリティが強調されることになった。
画面の奥から漂ってくるような澱んだ空気、飛び交うハエ、じっとりと濡れたアスファルト。これらが一体となって、観客を南部の閉鎖的な町へと引きずり込む。
その世界観を決定づけているのが、巨匠クインシー・ジョーンズによる音楽だ。彼が手掛けたスコアは、ブルース、カントリー、ジャズ、ソウルが見事に融合した、南部音楽の万華鏡。
オープニング、真夜中の駅に列車が到着するシーンで流れる、レイ・チャールズの歌う主題歌『In the Heat of the Night』。あの泥臭く、それでいて悲哀に満ちた歌声。
ベースラインが腹の底に響き、ハモンドオルガンの音色が湿った夜風のように絡みつく。この音楽が流れた瞬間、我々もまた熱帯のミシシッピの住人となる。
さらに注目すべきは、編集のハル・アシュビー(後に『ハロルドとモード』などを監督する名匠)の手腕。彼は、サスペンスの緊張感を維持しつつ、独特のオフビートなリズムを映像に刻み込む。
犯人を追う追跡劇のスピード感と、田舎町の停滞した時間の流れ。この緩急のバランスが絶妙で、観客を一時も飽きさせない。特に、物語のクライマックスにおける、犯人との対峙シーンからラストへの畳み掛けは圧巻だ。
低予算(約200万ドル)という制約を逆手に取り、ロケ撮影の臨場感を極限まで高めた手腕。それは現代のCGまみれの映画では決して出せない、ザラついた手触りのある映画体験を提供してくれる。
『夜の大捜査線』は、社会派ドラマとしてのテーマ性、役者たちの至高の演技合戦、そして映像と音楽の芸術的融合という、映画に求められる全ての要素が最高レベルで結実した、稀有な作品なのだ。
- 原題/In the Heat of the Night
- 製作年/1967年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/109分
- ジャンル/サスペンス、クライム
- 監督/ノーマン・ジュイソン
- 脚本/スターリング・シリファント
- 製作/ウォルター・ミリッシュ
- 原作/ジョン・ボール
- 撮影/ハスケル・ウェクスラー
- 音楽/クインシー・ジョーンズ
- 編集/ハル・アシュビー
- 美術/ロバート・ボイル
- シドニー・ポワチエ
- ロッド・スタイガー
- ウォーレン・オーツ
- リー・グラント
- ジェームズ・パターソン
- ウィリアム・シャラート
- ビア・リチャーズ
- ピーター・ホイットニー
- カーミット・マードック
- ラリー・D・マン
- クエンティン・ディーン
- ラリー・ゲイツ
- スコット・ウィルソン
- 夜の大捜査線(1967年/アメリカ)
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