『パララックス・ビュー』──巨大権力の闇に挑んだ記者は何を見たのか?
『パララックス・ビュー』(原題:The Parallax View/1974年)は、アラン・J・パクラ監督による政治サスペンス。シアトルで上院議員が暗殺され、事件は狂信的な単独犯によるものと発表される。しかし現場に居合わせた人々が次々と不可解な死を遂げる中、新聞記者ジョー・フラディ(ウォーレン・ベイティ)は、背後に“暗殺者を養成する秘密組織”の存在を突き止める。真相を追う彼に、見えない権力の罠が迫る。
冷戦の残響──恐怖が制度化された時代の風景
1970年代のアメリカ映画を語るうえで、『パララックス・ビュー』(1974年)は、政治的パラノイアがいかに映像化され得たかを示す象徴的作品である。
長引くベトナム戦争、JFKとロバート・ケネディの暗殺、ウォーターゲート事件──。国家の理想が腐食し、信頼が砂のように崩れていく時代、アメリカ市民は「真実」がどこにあるのか分からないまま、監視と陰謀の気配に覆われていた。
アラン・J・パクラは、こうした時代の不安を「制度そのものが個人を抹殺する構造」として描く。ジャーナリストのジョー・フラディ(ウォーレン・ベイティ)は、偶然目撃した上院議員暗殺事件の裏に、巨大なシンジケート“パララックス社”の存在を嗅ぎ取る。
彼の取材は、国家機関と民間企業、報道と陰謀の境界を曖昧にしながら、やがて自らが監視される立場へと転化していく。ルメットやコッポラが描いたような“内部告発のドラマ”ではなく、パクラが見つめたのは「システムのどこにも出口がない」という構造的絶望であった。
ストイシズムの罠──形式が物語を抑圧する
パクラ演出の特徴は、冷静な距離感と抑制された感情表現にある。ロングショットとハイキー照明による構図は、都市の匿名性と監視社会の無機質さを見事に捉えている。
撮影監督ゴードン・ウィリスの画面設計は、広すぎる空間の中で人物を点のように配置し、世界が個人を包囲していく恐怖を可視化する。
だがその厳格なスタイルは、寓意としての強度を保ちながらも、物語的な推進力を削いでしまう。新聞記者の使命感も、陰謀のスリルも、すべてが形式の中で硬直化していく。
『大統領の陰謀』(1976年)でこの語り口が精密なドキュメンタリー性へと昇華するのに対し、『パララックス・ビュー』では抽象度が高まりすぎ、観客が感情移入できる余白が消えているのだ。
ウォーレン・ベイティが見せるリベラル知識人としての理想主義も、次第に虚ろな表情の連鎖へと変わり、ラストの銃声を迎える頃には、彼自身がシステムの一部に吸い込まれていくかのように感じられる。
映像の迷宮──真実を映さないカメラ
『パララックス・ビュー』の核心にあるのは、視点の不安定さである。観客が見ているものが事実なのか演出なのか、フレームの外にどんな意図が潜むのか、誰も確信できない。
パクラは報道のカメラ、監視カメラ、映像トレーニング装置など、あらゆる“記録の眼”を画面に配置し、映像そのものを不信の対象に変える。
中盤に登場する〈暗殺者テスト映像〉のモンタージュシークエンスはその象徴だ。愛国的映像と暴力映像が交互にフラッシュし、観客自身が“洗脳”の被験者にされる。
この瞬間、映画はサスペンスを超えて、映像の倫理そのものを問う装置となる。ゴードン・ウィリスの光は真実を照らさず、むしろ闇の輪郭を際立たせるためにある。
マイケル・スモールのミニマルなスコアは、緊張の高まりよりも虚無を強調し、パクラの冷徹な構築美を際立たせる。
結果として『パララックス・ビュー』は、政治スリラーとしては異様なまでに無感情で、物語的快楽を拒絶する作品となった。しかしそこにこそ、1970年代アメリカの病理が凝縮されている。
国家の影に潜む「見えない手」を暴こうとするほど、真実は遠ざかり、個人は透明化していく。ウォーレン・ベイティが演じる記者の最期は、巨大権力に抗う者がいかに容易く抹消されるかを示す黙示録であり、同時に“見ること”そのものの罪を問う視覚の寓話でもある。
パクラはこの映画で、観客をもパララックス社の一員にしてしまった。彼のレンズの前では、誰も無関係ではいられない。
- 原題/The Parallax View
- 製作年/1975年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/ 103分
- 監督/アラン・J・パクラ
- 製作/アラン・J・パクラ
- 製作総指揮/ガブリエル・カツカ
- 原作/ローレン・シンガー
- 脚本/デヴィッド・ガイラー、ロレンツォ・センプル・Jr
- 撮影/ゴードン・ウィリス
- 編集/ジョン・W.ウィーラー
- 美術/ジョージ・ジェンキンス
- 音楽/マイケル・スモール
- ウォーレン・ベイティ
- ウィリアム・ダニエルズ
- ヒューム・クローニン
- ステイシー・キーチ・Sr
- ウォルター・マッギン
- ポーラ・プレンティス
- ケネス・マーズ
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