『Exit Planet Dust』──「ダスト」からの脱却はなぜ革命的だったのか?
『Exit Planet Dust』(1995年)は、ケミカル・ブラザーズ(Chemical Brothers)が、バンド名をダスト・ブラザーズから改名後、1995年に発表した初のスタジオアルバム。この作品は、ザ・シャーラタンズのティム・バージェスやシンガーソングライターのベス・オートンといったロック/ポップスのヴォーカリストをフィーチャーし、ダンスミュージックとロックの要素を接続する試みがなされた。全曲が途切れなくシームレスに構成され、MC5の楽曲を含むロック音源のサンプリングが用いられるなど、彼らがロンドンのクラブシーンで培ったDJの現場感覚と、ロックの反逆精神を融合させた独自のサウンドが展開される。
ダスト・ブラザーズからケミカル・ブラザーズへ
海砂利水魚→くりぃむしちゅー。バカルディ→さまぁ〜ず。日本のお笑い界では、改名を機にブレイクしたコンビがいくつも存在する。洋楽ジャンルでその筆頭例を挙げるとすれば、やはりケミカル・ブラザーズだろう。
当初、トム・ローランズとエド・シモンズは「ダスト・ブラザーズ(The Dust Brothers)」を名乗って活動していた。これは、ビースティ・ボーイズの名盤『Paul’s Boutique』(1989年)を手がけたプロデューサー・ユニットへの敬意から借用した名前。っていうか、リスペクトしてるとはいえ名前をまんま付けちゃうって、個人的にはどうなんだと思うけど。
やがてロンドンのクラブ・シーンでトムとエドが注目を浴び始めると、案の定オリジナルのダスト・ブラザーズから法的警告が飛んできた。急遽改名を迫られた二人は、当時回していたDJミックスからインスピレーションを得て「ケミカル・ブラザーズ」に衣替え。
そして、改名後初のフルアルバム『Exit Planet Dust』(1995年)は、そのまま“ダストからの決別表明”となった。「ダスト」を脱ぎ捨て、「ケミカル」へ。ロックとダンスを繋いだ革命的デビュー作となった。
トラックごとの魅力と革新性
オープニングの「Leave Home」は、まるで狼煙のような宣戦布告だ。アラーム音を思わせる不穏なイントロから一気に炸裂するビートは、彼らがインディ時代にリリースした「Leave Home (The Block Rockin’ Beats)」を発展させたもの。サイケデリックかつ暴力的な音像に、当時のフロアは狂喜乱舞したに違いない。
続く「In Dust We Trust」はタイトルからして象徴的だ。歪んだベースラインがうねり、硬質なドラムが空気を切り裂く。ここで彼らは「ダストからケミカルへ」というアイデンティティの変化を、音で体現している。
「One Too Many Mornings」ではダブの要素を導入し、メロディアスなシンセと女性ヴォーカルのサンプリングが幻想的な空間を描き出す。重低音の圧力から一転、夢の中に迷い込んだような浮遊感が訪れるのだ。
「Life Is Sweet」ではザ・シャーラタンズのティム・バージェスを、「Alive Alone」ではシンガーソングライターのベス・オートンをフィーチャー。これによって「ロック/ポップスとダンスの融合」というケミカルの立ち位置がより鮮明になった。
『Exit Planet Dust』の大きな特徴は、全曲がDJミックスのように途切れなくシームレスに構成されている点だ。これは彼らがロンドンの名門クラブ「Heaven」でレジデントDJを務めていた経験の賜物である。
彼らの音楽は「部屋でじっくり聴くアルバム」ではなく、クラブの熱気や汗を意識して作られている。観客の体が自然と動き出すように設計されたビートの強靭さは、DJとしての現場感覚そのものだ。
それでいて単なる「ダンス・トラック集」では終わらない。ファズの効いたベース、強烈なドラムブレイク、浮遊感のあるシンセ、そして巧みなサンプリング。それらをロック的なアティチュードでまとめ上げることによって、ケミカル・ブラザーズは「クラブとロックの架け橋」としてシーンに登場したのである。
ケミカル・ブラザーズのサウンドを語るうえで外せないのがサンプリングだ。「Leave Home」で使われるヴォイス・サンプルは、なんとMC5の「Kick Out the Jams」から拝借したもの。ロックの反逆精神をそのままダンスビートに移植することで、彼らは「ビッグ・ビート」という新しいジャンルの輪郭を描き出した。
また、当時の制作環境は現在のようなソフトウェア中心ではなく、MPCやアナログ・サンプラー、ターンテーブルが主役だった。その「物理的な感触」が、サウンドの荒々しさと直線的な推進力に結びついている。
『Exit Planet Dust』はリリース直後から英国の音楽誌で高く評価された。『NME』や『Mixmag』はこぞって彼らを「新時代の旗手」として取り上げ、シーンの最前線に躍り出た。
このアルバムの成功によって「ビッグ・ビート」という言葉が広まり、後続のプロディジー、ファットボーイ・スリム、ジャミロクワイなどがさらに拡大解釈していったのは歴史的事実だ。1990年代後半、クラブだけでなくフェスやチャートでもビッグ・ビートが支配的なジャンルとなった背景には、このデビュー作の存在がある。
さらばダスト惑星から始まる旅路
1990年代半ば、イギリス音楽シーンの主流はブリットポップだった。オアシスとブラーが国民的ヒーローとしてチャートを賑わせ、マンチェスターの遺産を引き継いだバンドたちが脚光を浴びていた。
その一方で、クラブ・カルチャーもアンダーグラウンドから急速に台頭していた。プロディジーは『Music for the Jilted Generation』(1994年)で社会的怒りをエレクトロに昇華させ、のちに『Fat of the Land』(1997年)でワールドワイドに爆発。ファットボーイ・スリムも96年以降の活動でチャートを賑わせる。
ケミカル・ブラザーズは、この両者を接続する存在だった。彼らのサウンドには、ギターやロック・ボーカルの要素が惜しみなく投入され、クラブの外側にいたロック・リスナーをもダンスフロアへと誘ったのである。
僕自身、このアルバムを聴くたびに90年代にタイムスリップしてしまう。地下鉄駅の広告に踊るオアシスのポスター、クラブで響く轟音、MTVで流れるカラフルなミュージックビデオ。『Exit Planet Dust』の骨太なビートは、そうした時代の空気を一瞬にして蘇らせる力を持っている。
音楽という芸術の大きな作用のひとつは「時間を飛び越えること」だろう。ケミカル・ブラザーズのデビュー作は、まさにその典型例なのだ。
『Exit Planet Dust』は、単なるデビューアルバムではない。ダスト・ブラザーズからケミカル・ブラザーズへと“脱皮”した瞬間であり、ロックとダンスを繋ぐ架け橋であり、そして90年代の音楽地図を塗り替える一撃だった。
クラブの熱気とロックの反逆精神が混ざり合ったこの一枚は、今なお鮮烈な衝撃を放ち続けている。
さらばダスト惑星。ここからケミカルの旅路が始まったのだ。
- アーティスト/Chemical Brothers
- 発売年/1995年
- レーベル/Freestyle Dust
- Leave Home
- In Dust We Trust
- Song To The Siren (Live)
- Three Little Birdies Down Beats
- Fuck Up Beats
- Chemical Beats
- Chico's Groove
- One Too Many Mornings
- Life Is Sweet(feat. ティム・バージェス)
- Playground For A Wedgeless Firm
- Alive Alone(feat. ベス・オートン)

