『バーバリアン』(2022)
映画考察・解説・レビュー
バーバリアン(2022年)は、宿泊予約アプリでの「ダブルブッキング」という日常的なトラブルから、誰もが想像し得ない地獄へと加速していく、現代ホラーの新たな基準を打ち立てた衝撃作。監督・脚本を務めたザック・クレッガーは、コメディ出身の経歴を活かし、観客の心理を巧みに操りながら、ジャンル映画のルールを次々と破壊していく。
観客の脳をハックする、完全犯罪的脚本術
『バーバリアン』(2022年)という映画は、我々観客が長年かけて培ってしまった「ジャンル映画への慣れ」という防御壁を、心理学的なアプローチで内側から解体する、脳へのハッキングである。
監督・脚本を務めたザック・クレッガーが仕掛けた最初の、そして最大の罠は、間違いなくビル・スカルスガルドの起用にある。『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』で殺人ピエロ・ペニーワイズを演じ、世界中を恐怖のどん底に突き落とした彼を、あえて不運なダブルブッキングの被害者キースとして配置。
この采配が持つ意味深さは計り知れない。雨の降るデトロイトの夜、見知らぬ男が既にAirbnbに滞在しているという状況だけで十分に不穏だが、その男がビル・スカルスガルドであるというメタ情報が、観客の脳内で勝手に警報を鳴らす。監督はこの観客のバイアスを完全に計算に入れ、前半のサスペンスを牽引するエンジンとして利用しているのだ!
さらに、脚本の骨格を成す恐怖のロジックにも注目。クレッガー監督は執筆にあたり、セキュリティ・コンサルタントのギャヴィン・デ・ベッカーによる名著『The Gift of Fear(暴力から逃れるための15章)』を徹底的に研究したという。
この本には、女性が直感的に感じる危険信号(レッドフラッグ)が記されているが、劇中のキースはこれらを無自覚に連発する。「荷物を運んであげるよ」という親切の押し売り、「ワインを開けたから君もどう?」という共有の強要。
これらは男性視点では単なる好意かもしれないが、密室における女性視点では「NOと言わせない支配」として機能する。撮影監督のザック・クーパーシュタインは、この不均衡な緊張感を、Sony VENICEカメラとZeiss Supreme Primeレンズを用いて冷徹に捉えた。
特に、あえて広角レンズ(15mm)を使用し、キャラクターの顔を歪ませ、背景の闇を強調することで、物理的な距離感以上の心理的な侵略を視覚化することに成功している。
前半40分間、怪物が一切登場しないにもかかわらず、心臓が握り潰されそうな息苦しさを感じるのは、この徹底した心理描写と撮影技術の勝利に他ならない。
構造的転換が暴く都市とジェンダーの病巣
物語の中盤、画面は突如として暗転し、観客は予想だにしない場所へと放り出される。カリフォルニアの眩しい陽光、海岸線を走るオープンカー、そして陽気な音楽。このあまりにも暴力的なトーンの切断こそが、本作を傑作たらしめる心臓部だ。
ここで登場するのは、ジャスティン・ロング演じるハリウッドのテレビ俳優AJ。性的暴行疑惑でキャリアの危機に瀕した彼が、裁判費用を捻出するためにデトロイトの物件を売り払おうとする展開は、ブラックコメディの極致と言える。
だが、笑ってはいられない。監督はAJというキャラクターを通じて、ホラー映画における真の怪物の正体を再定義しようとしているからだ。AJは典型的なトキシック・マスキュリティの具現者であり、自分の過ちを認めず、常に被害者面をして他者を搾取する。
彼が地下室の迷宮を発見した時、恐怖するどころかメジャーを取り出し、「この地下スペースを加えれば物件価値が上がる!」と狂喜するシーン。ここには、資本主義の亡者が陥る究極の滑稽さと、倫理観の欠如が痛烈に風刺されている。
そして、物語はさらに時間を遡り、1980年代のデトロイトへと飛ぶ。ここで描かれるのは、かつて繁栄した中産階級の住宅街が、いかにしてゴーストタウンへと変貌していったかという歴史的背景だ。
レーガン政権下の経済政策、ホワイト・フライト(白人の郊外流出)、そして都市の荒廃。この社会的文脈を無視して『バーバリアン』を語ることはできない。
あの地下室は、単なる異常者が掘った穴ではなく、アメリカ社会が見て見ぬふりをしてきた“負の歴史”の集積地なのだ。近隣住民が去り、警察も機能しなくなった無法地帯だからこそ、フランクという男による長年の監禁と近親相姦という地獄が可能になった。
この映画における地下とは、物理的な空間であると同時に、社会システムからこぼれ落ち、隠蔽された罪の保管庫でもある。前半の現代的なAirbnbホラーと、中盤の社会派ドラマ、そして後半のクリーチャーパニック。
これら一見バラバラに見える要素を、デトロイトの住宅という一本の串で貫き通した構成力には、脱帽するほかなし!
ザック・クレッガーが切り拓くホラーの未来地図
この映画の顔とも言うべき存在、地下の怪物マザー。近年のホラー映画が安易なCGに依存する中、ザック・クレッガー監督は驚くべきアナログへの回帰を選択した。
マザーを演じているのは、身長2メートルを超える実力派俳優、マシュー・パトリック・デイヴィス。彼は全身の体毛を剃り、性別を超越した特殊メイクを施し、ほぼ全裸で現場に立ち続けた。
あの青白く歪んだ肉体、重力に逆らって垂れ下がる皮膚の質感、そして何より、瞳の奥に宿る哀しみ。これらはデジタル処理では決して表現できない、生々しい質量だ。
彼女が暗闇から飛び出す瞬間のインパクトが、観客の生理的嫌悪感を極限まで刺激するのは、そこに「人間だった何か」の残滓が確かに感じられるから。
マザーは単なる殺戮マシーンなのではなく、フランクという絶対的な家父長制の犠牲者であり、(歪んだ形ではあるが)“母性”を渇望する悲劇のヒロインなのだ。
クライマックス、主人公テスとAJ、そしてマザーが対峙する給水塔のシーンは名場面。生き残るためなら他人を盾にする男=AJと、怪物を怪物としてではなく、救うべき対象として見ようとする女=テス。この対比が、血みどろのアクションの中で鮮烈に浮かび上がる。
監督は、コメディ集団The Whitest Kids U’ Knowで培った緊張と緩和のリズム感をホラーに応用し、笑いと絶叫が紙一重で同居する独自のグルーヴを作り上げた。
『ゲット・アウト』のジョーダン・ピールや、『ミッドサマー』のアリ・アスターといった現代ホラーの巨匠たちに続き、ザック・クレッガーもまた、ジャンル映画を社会を映す鏡として機能させつつ、エンターテインメントの強度を極限まで高めることに成功したのである。
制作費450万ドルという低予算ながら、全世界で10倍以上の興行収入を叩き出した事実は、観客がいかに「予定調和を破壊する新しい恐怖」に飢えていたかの証明だ。
『バーバリアン』は、我々の倫理観を試し、映画体験そのものをアップデートする、21世紀ホラーの新たな金字塔なのだ。
- 監督/ザック・クレッガー
- 脚本/ザック・クレッガー
- 製作/アーノン・ミルチャン、ロイ・リー、ラファエル・マーグレス、J・D・リフシッツ
- 製作総指揮/ヤリフ・ミルチャン、マイケル・シェイファー、ナタリー・レーマン、ダニー・チャン、アレックス・ルボビッチ、ビル・スカルスガルド
- 撮影/ザック・クーパースタイン
- 音楽/アナ・ドラビッチ
- 編集/ジョー・マーフィ
- 美術/ロッサ・デミトロヴァ
- バーバリアン(2022年/アメリカ)
- WEAPONS/ウェポンズ(2025年/アメリカ)
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