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大菩薩峠 完結篇/内田吐夢

『大菩薩峠 完結篇』──炎と幻覚の果てに立つ男

『大菩薩峠 完結篇』(1959年)は、焼け落ちる屋敷を背に孤影となった机竜之助(片岡千恵蔵)が、自らの運命と対峙する物語である。神尾主膳(山形勲)の襲撃によって世界が崩壊する中、竜之助の周囲ではお銀(喜多川千鶴)やお浜(長谷川裕見子)らの思惑が交錯し、愛と狂気が極限までせめぎ合う。武士道の終焉を象徴する一篇として、三部作はついに終着点を迎える。

長廻しの美学──炎を背に立つ千恵蔵の孤影

内田吐夢版『大菩薩峠』三部作もいよいよ終章を迎える。

『大菩薩峠 完結篇』(1959年)は、武士道と人間存在の空洞をめぐる壮大な寓話の終着点として位置づけられる。その中でまず圧倒されるのは、神尾主膳(山形勲)の命により焼き討ちに遭った机竜之助(片岡千恵蔵)が、炎上する荒屋敷を背に、神尾の手勢を斬り伏せていく場面だ。

内田吐夢の演出は、通常のチャンバラ映画のダイナミズムとは対極にある。カットを細かく割らず、ただカメラを手前に滑らせながら、千恵蔵の動きを正面から凝視し続ける。その凝視の強度が、観る者の呼吸を奪う。

この長廻しは、単なる技術的趣味ではない。炎と人物の距離、奥行きのレイヤーを精密に保ちつつ、竜之助の“狂気の孤立”を可視化する。後方に立つお銀(喜多川千鶴)は常に一定の間隔を保ち、縦方向の遠近感を持続させる。つまり画面の構成そのものが、彼女と竜之助の関係性――近づけない精神的距離――を象徴しているのだ。

通常なら煙と炎を利用したスピーディなモンタージュを選ぶだろう。しかし吐夢はその誘惑を拒み、ただ正面から「焼け落ちる世界の中の人間」を捉え続ける。そこにあるのは、様式化を突き抜けた“形而上のチャンバラ”である。

アヴァンギャルドの残響──灯籠の中の生首

もうひとつ、強烈な印象を残すのが灯籠が真っ二つに裂け、その中から生首が現れる悪夢的シークエンスである。セット自体は簡素で、時代劇的リアリズムとは程遠い。だが、だからこそ夢幻的である。

闇の中に突如として出現する生首は、物語のリアリティを突き崩し、観客を精神的深淵へと引きずり込む。お浜(長谷川裕見子)がけたたましい笑い声で竜之助を嘲弄するその瞬間、空間は現実を逸脱し、映像は“無意識の戯画”となる。

ここに見られるのは、前作『大菩薩峠 第二部』(1958年)でも顕著だった鈴木清順的なアバンギャルド感覚。暴力と夢想、肉体と幻覚の境界を曖昧にしながら、映画そのものが一種の“悪夢装置”へと変容していく。

吐夢が到達したのは、剣戟映画のリアリズムではなく、映画的空間そのものを超越する“内面の劇”であった。

群像の断絶──物語を拒む構造

『第二部』で展開したサブプロット──お君(星美智子)と駒井能登守(東千代之介)、米友(加賀邦男)の三角関係、あるいは宇津木兵馬(中村錦之助)とお松(丘さとみ)の恋──は、この最終作でも結末を与えられないまま放置される。

観客は不完全燃焼を覚えるかもしれない。しかしそれこそが吐夢の選択である。彼は、諸登場人物の行方を曖昧にすることで、「物語的解決」そのものを否定している。

濁流に呑まれ消える千恵蔵の姿は、あらゆる人間関係や感情の終焉を象徴する。愛も、忠も、救いも、すべては奔流に還元される。そこにあるのは“無”である。吐夢の『大菩薩峠』は、浪花節的カタルシスを拒み、終始「虚無の美学」として貫かれている。

虚無と様式──内田吐夢の到達点

内田吐夢がこの三部作で提示したのは、単なる時代劇の形式を超えた“実存の劇”だった。武士の誇りや勧善懲悪の枠を逸脱し、殺戮と狂気を通して「生の空洞」を露呈させる。

彼のカメラは常に正面から人物を捉え、安易な感情移入を拒絶する。その冷徹な構図は、まるで観客自身を被告席に座らせるかのようだ。

『完結篇』の終わりに残るのは、浄化でも感動でもない。ただ、炎と幻覚の残光の中に立ち尽くす竜之助の姿である。そこには“救済なき悟り”がある。

内田吐夢版『大菩薩峠』は、映画的叙事詩であると同時に、戦後日本の精神的廃墟を象徴する鏡像であった。

DATA
  • 製作年/1959年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/104分
STAFF
  • 監督/内田吐夢
  • 製作/大川博
  • 原作/中里介山
  • 脚本/猪俣勝人、柴英三郎
  • 企画/玉木潤一郎、南里金春
  • 撮影/三木滋人
  • 音楽/深井史郎
  • 美術/鈴木孝俊
  • 編集/宮本信太郎
  • 録音/佐々木稔郎
CAST
  • 片岡千恵蔵
  • 中村錦之助
  • 東千代之介
  • 月形龍之介
  • 長谷川裕見子
  • 丘さとみ
  • 星美智子
  • 喜多川千鶴
  • 山形勲
  • 河野秋武
  • 沢村貞子
  • 浦里はるみ
  • 植木基晴
  • 左卜全