『パニック・ルーム』(2002)
映画考察・解説・レビュー
『パニック・ルーム』(原題:Panic Room/2002年)は、デヴィッド・フィンチャー監督による密室サスペンスである。離婚直後の母と娘が、強盗団の侵入を機に自宅の“パニック・ルーム”へと避難する物語。都市型住宅の冷たい機能美の中で、親子の絆と恐怖の構造が交錯する。
愛すべきクソッタレ、ハリウッドの異端児
『ファイト・クラブ』(1999年)のレビューでも書いたが、デヴィッド・フィンチャーという男は、ハリウッド・メジャーの中に突如現れた“オルタナティヴ・フィルムメーカー”である。
彼は常にスタジオ・システムの中で反骨精神を爆発させ、スクリーンにパンク・スピリットを叩き付けてきた。しかも、その破壊的衝動を商業的成功と両立させてしまうのだから、まったくタチが悪い。
そんな愛すべきクソッタレが2002年に放った『パニック・ルーム』は、フィンチャーにしては異例の“正統派サスペンス”。タイトル・デザインからして、明らかにアルフレッド・ヒッチコックの影響を匂わせ、『北北西に進路を取れ』(1959年)のモダンなタイポグラフィを引用している。ここで問われるのは、反逆児フィンチャーの“職業作家”としての力量だ。
密室の中に潜む矛盾──恐怖の不在
結論から言えば、『パニック・ルーム』はフィンチャーの演出力こそ安定しているものの、映画としては多くの矛盾を孕んでいる。なにより致命的なのは、“怖くない”ということだ。
パニック・ルームという難攻不落の避難空間を設定した時点で、観客は主人公たちの安全を確信してしまう。サスペンスが成立するためには、登場人物の“脆さ”が不可欠だが、この映画ではそれが最初から封じられている。
製作サイドもその欠陥を自覚していたのだろう。だからこそ、「外に置いた携帯電話を取りに行く」「娘が糖尿病の発作を起こす」など、ジョディ・フォスターを外へ誘導するための小細工を次々と仕込む。
しかし、そのどれもが人工的で、観客を本気で焦らせるには至らない。恐怖は演出ではなく、構造の中に仕掛けられなければならないのだ。
もう一つの問題は、作品がどこか“家庭的”であることだ。三人組の強盗が侵入し、母と娘が閉じこもるという筋書きは、よく考えれば『ホーム・アローン』(1990年)の成人版である。
しかも、作中ではジョー・ペシの名前まで登場するという親切設計。おまけに三人の強盗もどこか間の抜けたキャラクターで、フィンチャー映画に特有の緊迫感が薄まってしまった。
フォレスト・ウィテカー演じる犯人の一人が“善人寄り”の造形になっているのも、緊張感を削ぐ要因だ。道徳的なバランスを取ることが、必ずしもドラマを豊かにするとは限らない。
サスペンスは、倫理よりも構造の不安定さに支えられるジャンルである。デヴィッド・コープの脚本は緻密だが、どこか“ハリウッド的安心感”が漂いすぎている。
フィンチャーの技巧主義
とはいえ、フィンチャーの演出技術はやはり圧倒的だ。家の内部を縦横無尽に移動するカメラワーク、デジタル合成による“視線のスムーズな導線”、そして照明と陰影の設計。閉鎖空間を撮ることにおいて、彼はヒッチコックの再来といっていい。
特に、冒頭から終盤にかけてカメラが壁をすり抜け、ドアの隙間を通り抜ける“無人の視点”は、フィンチャーが得意とする“神の視点”の延長線上にある。
観客は常に空間の全体像を把握しながら、登場人物の心理を外部から観察する。この冷徹な視点こそ、彼の映画を“感情ではなく構造で観る”作品へと変えている。
『パニック・ルーム』は、彼のキャリアの中でも珍しい“失敗作”かもしれない。だがその失敗は、フィンチャーという作家の実験精神を裏付ける証でもある。恐怖のメカニズムを形式的に追究した結果、感情が抜け落ちた──それが本作の構造的宿命だ。
一方で、この映画を“フィンチャー版ホーム・アローン”として観れば、また別の魅力が立ち上がる。極限状況をユーモアで中和するという、彼なりのアイロニーである。そう考えれば、スリラーでありながら“安心して観られる”という矛盾も、彼の意図的な遊びに見えてくる。
ちなみに、クレジットには載っていないが、ジョディ・フォスターの夫の愛人として登場する“電話の声”の主はニコール・キッドマン。本来、彼女こそが主演を務める予定だったが、『ムーラン・ルージュ』(2001年)の撮影中に怪我を負い降板した。
その代わり、声だけの出演という形で本作に“亡霊のように”残っている。この逸話ひとつを取っても、『パニック・ルーム』という映画が“表と裏”“存在と不在”というフィンチャー的テーマに貫かれていることがわかる。
- 原題/Panic Room
- 製作年/2002年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/113分
- ジャンル/サスペンス、スリラー
- 監督/デヴィッド・フィンチャー
- 脚本/デヴィッド・コープ
- 製作/ギャヴィン・ポローネ、ジュディ・ホフランド、デヴィッド・コープ、セアン・チャフィン
- 撮影/コンラッド・W・ホール、ダリウス・コンジ
- 音楽/ハワード・ショア
- 編集/ジェームズ・ヘイグッド、アンガス・ウォール
- 美術/アーサー・マックス
- 衣装/マイケル・カプラン
- ジョディ・フォスター
- フォレスト・ウィテカー
- ドワイト・ヨアカム
- ジャレッド・レト
- クリステン・スチュワート
- パトリック・ボーショー
- アン・マグナソン
- イアン・ブキャナン
- アンドリュー・ケヴィン・ウォーカー
- ポール・シュルツ
- セブン(1995年/アメリカ)
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