【ネタバレ】『仁義』(1970)
映画考察・解説・レビュー
『仁義』(1970年)は、フレンチ・ノワールの巨匠ジャン・ピエール・メルヴィル監督が、アラン・ドロン、イブ・モンタン、ジャン・マリア・ヴォロンテというヨーロッパ映画界を代表する三大スターを迎えて放った、犯罪サスペンス。出所直後のクールな犯罪者(ドロン)、護送列車から逃亡した容疑者(ヴォロンテ)、そして闇を抱える凄腕の元警官(モンタン)。運命の「赤い輪」に導かれるように出会った孤独な3人の男たちが、パリのヴァンドーム広場にある難攻不落の高級宝石店への大強奪計画に挑む。
鉛色のストイック・ノワール
『仁義』──我々日本人の映画オタクがこのタイトルを目にしてしまうと、どうしても深作欣二監督による不朽の名作『仁義なき戦い』シリーズを否応なしに脳内再生してしまう。
菅原文太、梅宮辰夫、金子信雄、松方弘樹といったイカツイ面々が画面いっぱいにひしめき合い、汗臭くてむさ苦しくて広島弁丸出しの、オトコ汁全開のギラギラした熱量。そこには、血と汗にまみれた、極めてウェットな手触りがあった。
しかし、 ヌーヴェルヴァーグの精神的父親とも称されるフレンチ・ノワールの巨匠、ジャン=ピエール・メルヴィルの手にかかれば、そこに展開されるのは日本のヤクザ映画とは対極にある、禁欲的なまでにストイックな裏社会である。
アラン・ドロン、イヴ・モンタン、フランソワ・ペリエといった端正なマスクの男たちが、トレンチコートの襟を立て、鉛色の重い雲がたちこめる冬のパリ郊外を舞台に、裏社会における「義」の世界を体現していく。
名カメラマンであるアンリ・ドカエが徹底して色調を抑え込んだ、そのブルーグレーの画面設計は、もはやため息が出るほど素晴らしい。映像のルックだけを見れば、間違いなく映画史に残る完璧なノワールだ。
アラン・ドロンのチョビヒゲ問題
だが、この映画を著しく阻害する大問題が発生する。主人公を演じるアラン・ドロンのチョビヒゲ顔が、どうにもこうにも胡散臭いことこの上ないのだ!
稀代の美男子である彼が、泥臭い犯罪者を演じるためにあえて付けたであろうそのヒゲ。だが、彼がナルシスティックに淫したマジ芝居をキメればキメるほど、その顔面に鎮座するチョビヒゲの違和感が際立ち、妙に笑けてしまうのだ。シリアスなノワール映画において、主演の顔を見て吹き出しそうになるのは致命的。
おまけに、監督のジャン=ピエール・メルヴィルは、徹底した「リアルな緊張感」と「手続きの美学」を映画に導入しようと固執したあまり、物語のテンポを完全に停滞させてしまっている。
その最たる例が、中盤に展開される綿密な宝石強盗のシークエンスだ。セリフを一切排し、男たちのプロフェッショナルな作業をドキュメンタリーのように淡々と見せる手法は確かにスタイリッシュだが、ひとつひとつのショットがあまりにも平板すぎ!
観客に長時間の緊張(という名の忍耐)を強いるには、サスペンスとしての吸引力が明らかに欠けている。そのノロノロとした歩みの反動で、クライマックスへと流れ込む物語の展開がやけに性急に感じられてしまい、カタルシスをすっかり取り逃がしてしまっているのだ。
なぜ『赤い輪』が『仁義』に?
そして、どうしても言及しておきたいのが「邦題の罪」である。
そもそも本作の原題は『Le Cercle Rouge(赤い輪)』だ。これは、映画の冒頭にテロップで大々的に提示される「人はそれと知らずに必ずめぐり逢う。たとえ互いの身に何が起こり、どのような道をたどろうとも、必ずや赤い輪の中で結び合う」という、ブッダの言葉を引用している。
それなのに、それを日本で公開するにあたって、なぜヤクザ映画よろしく『仁義』というド直球すぎる邦題にしてしまったのか。ワタクシ、全くもって理解しかねます!
「赤い輪(運命の円環)」に導かれるように破滅へと向かっていく男たちの宿命を描いた作品なのに、「仁義」というウェットな精神論のタイトルを被せたせいで、作品の持つクールな形而上学性が完全にブレてしまった。
メルヴィル監督は、男たちの沈黙やトレンチコートのシルエットといったムードの醸成に腐心したあまり、サスペンス映画としての物語構築のバランスを妙に崩してしまっている。
完璧な映像美と、笑えるほどのナルシシズム、そして不条理なまでに間延びした時間。この映画は、最高にクールでありながら最高にツッコミどころの多い、なんとも愛すべきムード至上主義の怪作なのである。
- 監督/ジャン・ピエール・メルヴィル
- 脚本/ジャン・ピエール・メルヴィル
- 撮影/アンリ・ドカエ
- 音楽/エリック・ドマルサン
- 編集/マリー・ソフィ・デュビュス
- 美術/テオ・ムーリッス
- 録音/ジャン・ネニー
- 仁義(1970年/フランス)
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