『タッチ』──ノンアルコール・ビールのような青春映画
『タッチ』(2005年)は、あだち充の同名漫画を原作に、犬童一心が監督を務めた青春映画である。甲子園を目指す双子の兄弟・上杉達也と和也、そして幼なじみの浅倉南の三人が織りなす恋と友情の物語を描く。和也が甲子園出場を目前に事故で命を落とし、残された達也は南との約束を果たすために再びマウンドへ立つ。彼の葛藤と成長、そして南との新たな関係が、夏の陽射しの下で静かに交錯していく。
南というヴィーナス、降臨す
長澤まさみ嬢が、『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)のクラリスと並んで今なおアニメ史上最大のヒロイン像に君臨している、『タッチ』の浅倉南を演じる…。このニュースを聞いた時には、僕はベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねてしまったものである。
朝倉南、それは「可愛くて、スタイルも最高で、性格も良くて、運動神経は抜群で…」と三拍子も四拍子もそろった、僕のような非モテ族を腐ったライフから救済してくれる存在である。
かようなヴィーナスを実写で演じられる女優なんぞ、彼女しかいないではないか!ぴょんぴょんぴょん。跳躍が止まらない。止めないでおくれ。
そもそも犬童一心が『タッチ』の監督を引き受けたのは、「18歳の長澤まさみが撮れる」という一点にあったらしい。今が旬の素材を目の前に出されたら、それをさばきたくなるのが職人魂というものだろう。
そして間違いなく、長澤まさみは超一級の素材である。「彼女のプロモーション・ビデオを撮りたいと思った」と、犬童一心に言わしめてしまうほどの。だがそれは、犬童一心の作家性の放棄に他ならない。
犬童一心という“悲劇作家”の封印
『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)や『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年)を例に挙げるまでもなく、資質的に犬童一心という監督は、悲劇作家である。リリカルな世界観に残酷なまでの現実を照射して、物語を緊密に引き締めてしまう。
しかし、決して物語はドン底に暗い訳ではない。まるで甘いカクテルのようにそっとアルコールを忍ばせ、観客を悪酔いさせることなく、程よい陶酔感に身を浸らせる…。そんなスタイリッシュな話術に犬童一心は長けているんである。
しかし『タッチ』は、言ってみればノンアルコール・ビールのような作品だ。リリカルな叙情性は見る影もなく、最も犬童一心的なエッセンスが(意図的に)排除されてしまっている。
彼が目指したのは、おそらく’80年代アイドル青春映画の再構築。それは突き抜けるような青空をイメージ・ショットとして要所に挿入したり、甲子園に駆けつける南の姿に岩崎良美の『タッチ』のBGMをかぶせたりする演出に顕著だ。
モヤモヤと均衡──悲劇を避けた青春劇
「南を甲子園に連れて行く」という約束を守ろうとする和也、その和也の南に対する想いを知って一歩引こうとする達也。
しかし当の南は達也に惹かれている訳で、まあそれを青春という一言で言ってしまえばアレなんだが、基本的にはそんなモヤモヤした三角関係が、物語を牽引する上での主軸線となっている。
しかし和也の死によって、不安定な均衡の上に成り立っているトライアングルの一角が突然崩れてしまう。悲劇作家の犬童一心は、資質的に最も語りたいであろうこのモヤモヤとした三角関係を、口当たりのいいウェルメイドな青春映画に仕立て上げてしまった。
商業映画を製作する職業作家としての創作スタンスとして、個人的には何ら非難されるべきものではないと思うが、犬童一心の過去のフィルモグラフィーからすると、極めて異色な映画であることは間違いないと思う。
あとどーでもいいことだが、犬のパンチが原作と全然違うので、途中まで全く気がつきませんでした。まあ、あんな犬どこにもいないだろうけど。
- 製作年/2005年
- 製作国/日本
- 上映時間/116分
- 監督/犬童一心
- 製作/本間英行
- プロデューサー/山中和成
- 原作/あだち充
- 脚本/山室有紀子
- 撮影/蔦井孝洋
- 美術/小川富美夫
- 音楽/松谷卓
- 編集/普嶋信一
- 録音/矢野正人
- 長澤まさみ
- 斉藤祥太
- 斉藤慶太
- RIKIYA
- 平塚真介
- 上原風馬
- 安藤希
- 若槻千夏
- 福士誠治
- 風吹ジュン
- 本田博太郎
- 小日向文世
- 宅麻伸
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