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『ワールド・ウォーZ』(2013)大作主義はゾンビ映画を救ったのか、それとも殺したのか?

『ワールド・ウォーZ』(2013)
映画考察・解説・レビュー

5 OKAY

『ワールド・ウォーZ』(原題:World War Z/2013年)は、突如発生した謎の感染症が人類を滅亡の危機に追い込む中、元国連職員ジェリー(ブラッド・ピット)がパンデミックの原因を探るため世界を奔走するパニック・サスペンス。国家の崩壊と人間の連帯を描き、ゾンビ映画の枠を超えたスリリングな人類サバイバルを描き出す。原作はマックス・ブルックスによる同名小説(2006年刊)。世界興行収入5億ドルを突破し、ゾンビ映画史上最高のヒット作となった。

ゾンビ映画をめぐるマーケティングの罠

『ワールド・ウォーZ』(2013年)は、公開当時から内容よりも宣伝戦略に注目が集まっていた。配給サイドは徹底して「ゾンビ映画」であることをひた隠し、「パンデミック・サスペンス」として打ち出したからだ。

ゴア描写や残虐表現を前面に押し出せば、観客層はコアなホラーファンに限定されてしまう。そのため、「これは血まみれのB級ではなく、ブラッド・ピット主演の社会派大作デス!」というマーケティングが選ばれた。

だが、この手法は果たして正しかったのだろうか。ここには、ハリウッドがゾンビというジャンルに抱く複雑な距離感と、大作映画の商業論理が如実に現れている。

ゾンビ映画といえば、低予算の代名詞。ジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)はわずか製作費11万4000ドルで撮られ、インディペンデント映画史に金字塔を打ち立てた。

そこにあるのはスプラッター、政治的寓意、そして不特定多数の観客にとっては近寄りがたい「不快さ」だった。

ナイト・オブ・ザ・リビングデッド
ジョージ・A・ロメロ

一方の『ワールド・ウォーZ』は、ブラッド・ピットが製作・主演を務め、予算は1億5000万ドル。ゾンビ映画としては史上空前のスケールだ。

にもかかわらず、宣伝では「ゾンビ」を封印し、あたかも『アウトブレイク』(1995年)のような感染パニック映画の系譜に連なるかのように売られてしまった。

この選択は、ゾンビという言葉に付きまとう「低俗」の烙印をどうしても拭いたいという、焦燥の表れにほかならない。

製作現場の混迷──大作病の典型

この映画の裏側は、ハリウッド大作病の見本市のようだ。

レオナルド・ディカプリオの製作会社「アッピアン・ウェイ」との入札競争に勝ち、ブラッド・ピット率いる「プランBエンターテインメント」が、マックス・ブルックス(あのメル・ブルックスの息子)の小説『WORLD WAR Z』の映画化権を獲得するまでは良かったが、そこからが悪夢の始まり。

監督と脚本家の対立、ライターの頻繁な交代、ゴアすぎるとして丸ごと削られた「ロシアでのゾンビ大虐殺シーン」、撮影後の大規模な再撮――。混乱は収拾がつかず、ハンガリーでのロケでは小道具に本物の銃が混ざっていたため、対テロ部隊が突入するという珍事まで起きた。

結果として完成した映画は、当初構想されていた壮大な黙示録的スペクタクルを縮小し、安全でコンパクトな終盤に差し替えられた。まさに「スター俳優主導の超大作」がいかに企画を肥大化させ、同時に表現を萎縮させるかを示す寓話のようだ。

とはいえ、完成品にまったく魅力がないわけではない。むしろ序盤のフィラデルフィア、イスラエルのシークエンスには圧倒的な迫力が宿る。特に、イスラエルの分離壁を「ゾンビのピラミッド」が乗り越えていく場面は、ジャンル史に残る名場面だろう。

何千、何万という群衆が雪崩のように壁をよじ登る光景は、従来の「腐敗した死体」ではなく「数の暴力」としてのゾンビを可視化。ゾンビ1万体の三角ピラミッド祭りだ、ヒャッホー!ここには、モブ・シミュレーション・プログラム「Alice」が生み出したデジタル時代のゾンビ像がある。

一方で、後半のアイルランド・シークエンスは急ごしらえの「箱庭ホラー」と化し、映像的スケールが一気に縮む。つまりこの映画は、前半にゾンビ映画の未来を提示しながら、後半でその可能性を自ら畳んでしまったのだ。なんとも不思議な構成である。

ゾンビ映画史における位置づけ

 『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が「死者の政治性」を、ダニー・ボイルの『28日後…』(2002年)が「感染と加速」を提示したように、『ワールド・ウォーZ』は「数量化されたゾンビ」という新たな視覚的アプローチを打ち出した。

それはもはや人間的な怪物ではなく、無名の大衆が波のように押し寄せる集合体。グロテスクな食人描写を廃してPG-13レーティングに収めた点も特筆すべきだろう。

ここにあるのは、ロメロ的「社会批判」とは別の方向で、ゾンビをグローバル市場向けにチューニングしたハリウッド的発明だ。ゾンビの「グローバル化」と言い換えてもよいだろう。

ストーリーテリングには粗が多い。ウイルス学者が冒頭であっけなく死ぬ唐突さや、元CIAエージェントの証言をブラピが即座に信じてしまう安易さは、観客を失笑させるだろう。

だが、それでも『ワールド・ウォーZ』は「ゾンビ映画に興味はあるが、血まみれは苦手」という観客層への格好の入門編となった。セガン兵士のような魅力的サブキャラも含め、娯楽映画としてのエンタメ性は十分に備えている。

この映画は「ゾンビ映画を再生した」のか、それとも「ゾンビ映画を去勢した」のか。おそらくそこに、評価の分かれ目がある。

DATA
  • 原題/World War Z
  • 製作年/2013年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/116分
  • ジャンル/ホラー
STAFF
  • 監督/マーク・フォースター
  • 脚本/マシュー・マイケル・カーナハン、ドリュー・ゴダード、デイモン・リンデロフ
  • 製作/ブラッド・ピット、デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー、イアン・ブライス
  • 原作/マックス・ブルックス
  • 撮影/ロバート・リチャードソン
  • 音楽/マルコ・ベルトラミ
  • 編集/ロジャー・バートン、マット・チェーゼ
  • 美術/ナイジェル・フェルプス
  • 衣装/マイェス・C・ルベオ
CAST
  • ブラッド・ピット
  • ミレイユ・イーノス
  • ジェームズ・バッジ・デール
  • ダニエラ・ケルテス
  • デヴィッド・モース
  • ルディ・ボーケン
  • ファナ・モコエナ
  • アビゲイル・ハーグローヴ
  • スターリング・ジェリンズ
  • ファブリツィオ・ザカリー・グイド
  • マシュー・フォックス
FILMOGRAPHY