『X エックス』(2022)
映画考察・解説・レビュー
『X エックス』(原題:X/2022年)は、1970年代のテキサスを舞台に、ポルノ映画を撮影するために農場を訪れた若者たちが、孤独な老夫婦と出会い恐怖に巻き込まれていく物語。やがて若さと老いの衝突が殺意へと転じ、スラッシャー映画の枠を超えた新たなホラー体験が展開する。
70年代インディペンデント映画へのオマージュ
ホラーとポルノ。タイ・ウェスト監督の『X エックス』は、かつてアウトサイダーな存在として共存していた二つのジャンルを融合させることで、単なるスラッシャー映画の枠を超えた野心作に仕上がった。この作品は映画史へのオマージュに満ちており、特に70年代のインディペンデント映画への愛が随所に感じられる。
1970年代後半、アメリカの映画界は大きな転換期を迎えていた。旧来のハリウッド・スタジオシステムが崩壊し、新しい才能たちが低予算で自由な映画製作に乗り出していった時代。この時期、ホラーとポルノはその制作の敷居の低さから、新しい才能の登竜門としての役割を担っていた。
テキサスの農場を舞台にした設定はトビー・フーパー監督の『悪魔のいけにえ』(1974年)を彷彿とさせ、ポルノ映画のクルーが主要人物である点は、『ブギーナイツ』(1997年)と相似形を成している。
だが、本作は単なる70年代の映画へのオマージュに終わらない。タイ・ウェストは、ここに美醜と若さという普遍的なテーマを重ね合わせている。
老いと若さの鏡像:ミア・ゴスの二役
本作で最も特筆すべき独創性は、殺人鬼パールと若いポルノ女優マキシーンの二役を、ミア・ゴスが演じていることだろう。老いたパールは、かつての自分のように若く、美しく、生命力に満ちた存在に出会うことで、過去の自己と現在の自己との乖離を鮮明に意識する。
彼女の抱く感情は単なる憎悪や嫉妬にとどまらない。若さを喪失したことへの痛切な悲嘆、人生の可能性を取り逃がした悔恨、そして得られなかった幸福への執拗な憧憬。パールの心理は、老いという不可避な現実と、自己のアイデンティティの揺らぎが交錯する複雑なものとして描かれている。
一方、マキシーンはパールのかつての理想像そのもの。瑞々しいほどの若さ、成功への野心、身体的魅力が、生命力の象徴として映し出されている。そしてパールは、自分がすでに失ってしまった愛、美、社会的承認をマキシーンに重ね合わせていく。
ここで描かれる殺人行為は、単なるスラッシャー的暴力ではない。それは、自己の存在価値を再確認するための心理的儀式であり、破壊と欲望の交錯なのだ。
コラリー・ファルジャ監督『サブスタンス』との共鳴
ここで興味深いのは、この主題がコラリー・ファルジャ監督の『サブスタンス』(2024年)と直接的に呼応していることだ。
『サブスタンス』では、かつてのハリウッドスター、エリザベス・スパークル(デミ・ムーア)が、自らの胎内から若き自己=スー(マーガレット・クアリー)を生み出す。やがて二人の対立は血みどろの殺し合いへと発展し、老いと若さ、自己と理想の衝突を極限まで視覚化する。
両作は、老いた自己と若き自己の対峙」という同一のテーマを扱っているが、表現手法には顕著な違いがある。『X エックス』は『悪魔のいけにえ』に代表されるトビー・フーパー的郊外スラッシャーの文脈で、暴力と欲望を通して心理的衝突を描いた。
一方の『サブスタンス』は、『ヴィデオドローム』(1983年)のようなデヴィッド・クローネンバーグ的ボディ・ホラーとして(もしくはデヴィッド・リンチ的なフリークス表現として)、肉体そのものの変形と身体的恐怖を通じ、老いと若さの葛藤を極端に視覚化する。
ジャンル的アプローチは違えども、タイ・ウェストとコラリー・ファルジャという現代ホラーの旗手が、同じタイミング・同じテーマを発表したことは、ちょっとした“映画史的事件”ではないだろうか。
スラッシャーの枠を超えて
老いと若さの鏡像としてミア・ゴスが一人二役を演じることにより、『X エックス』は単なる残虐なスラッシャー映画を超え、一人の女性の悲劇的な人生と複雑な心理構造の作品へと昇華されている。老いたパールの行動は、ホラー映画お約束としての殺戮行為であると同時に、喪失感、自己認識の揺らぎ、そして社会的価値観への問いかけなのだ。
さらに、『X エックス』は前日譚『Pearl パール』(2022年)と結びつくことで、ウェスト作品における老いと欲望のテーマを時間軸的に拡張していく。『Pearl パール』では若き日のパールの希望、野心、絶望がより詳細に描かれ、彼女の後の行動の心理的起点が明示される。
この連続性によって、シリーズ全体が「個人の欲望と時間の経過が交錯する寓話」となり、ホラー映画としての表層的刺激を超えて、観客に深い心理的・社会的考察を促す作品群として位置づけられる。
老いという不可避の現実と若さへの渇望、社会的評価と個人の価値の葛藤を描くことで、タイ・ウェストはジャンル映画の枠を超えた人間ドラマを創出したのだ。
- 原題/X
- 製作年/2022年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/105分
- ジャンル/ホラー
- 監督/タイ・ウェスト
- 脚本/タイ・ウェスト
- 製作/タイ・ウェスト、ジェイコブ・ジャフケ、ハリソン・クライス、ケヴィン・チューレン
- 製作総指揮/キッド・カディ、デニス・カミングス、サム・レヴィンソン、アシュリー・レヴィンソン、カリーナ・マナシル、ピーター・ポーク
- 撮影/エリオット・ロケット
- 音楽/タイラー・ベイツ、チェルシー・ウルフ
- 編集/タイ・ウェスト、デヴィッド・カシェヴァロフ
- ミア・ゴス
- ジェナ・オルテガ
- マーティン・ヘンダーソン
- ブリタニー・スノウ
- スコット・メスカディ
- サラ・ガドン
- X エックス(2022年/アメリカ)
- X エックス(2022年/アメリカ)

