美とグローバリゼーションのはざまで
坂本龍一『Beauty』(1990年)は、ヴァージン・レコード移籍第1弾にして、前作『NEO GEO』で提示された音楽的グローバリゼーションをさらに深化させた重要作。沖縄民謡やアフリカ音楽、ブラジルのリズム、西洋クラシックを取り込みながら、「美」という理念のもとに再構築したポスト・ワールド・ミュージックの金字塔を徹底レビューする。
人工的洗練としてのワールド・ミュージック
坂本龍一のオリジナル・アルバムとしては8枚目に位置する『Beauty』(1990年)は、彼のキャリアにおけるひとつの大きな転換点だ。
ヴァージン・レコード移籍第1弾というレーベル的節目に加え、前作『NEO GEO』(1987年)で提示された「音楽的グローバリゼーション」の構想をさらに推し進め、より明確な形で結晶させている。
恍惚とした表情で裸身をさらすジャケット写真と「Beauty」というシンプルなタイトルは、自己演出の極致であると同時に、音楽家としての彼のナルシシズムと普遍主義的審美眼を象徴している。
『Beauty』において坂本が展開するのは、アジア、沖縄、ブラジル、アフリカといった地域的な音楽要素を取り込みながらも、それを熱狂的な肉体性ではなく、冷ややかで均質な審美感覚へと昇華する試みだ。
ワールド・ミュージックがしばしば「土着性」「肉体性」と結び付けられるのに対し、坂本の手にかかると、それは知的に整理され、ヨーロッパ的な美学のフレームのなかに収められていく。その結果生まれるのは、いわば「ポスト・ワールド・ミュージック」とでも呼ぶべき音響世界である。
坂本は「異文化の雑種性」をただ享受するのではなく、自身の審美眼によって再配列し、人工的な洗練として提示する。沖縄民謡もアフリカのリズムも、ブラジル音楽の揺らぎも、最終的には耽美なピアノの響きやメタリックな打ち込みのテクスチャーに均質化される。
その均一化は土着的要素を失わせる危険性も孕むが、同時に「美」という理念に奉仕する方向性を持つのだ。
カヴァー曲が担う役割
アルバム収録曲の約半分がカヴァー曲であるという事実は、坂本の戦略を雄弁に物語る。沖縄民謡の「安里屋ユンタ」「ちんさぐの花」、フォスターの「金髪のジェニー」、ローリング・ストーンズの「WE LOVE YOU」、そしてサミュエル・バーバー「弦楽四重奏曲作品11」の第2楽章を坂本流に編曲した「ADAGIO」。
ここで行われているのは、民族音楽や西洋クラシック、ロックの名曲といった異なる起源をもつ楽曲を、自身の音楽的文脈に引き込み、再構築する作業である。カヴァーを通じて坂本は、世界各地の「土着的エキゾチズム」をいったん解体し、彼自身の美意識のフィルターを通して新たに生み出しているのだ。
細野晴臣が『はらいそ』(1978年)で「安里屋ユンタ」をカヴァーした際には、南国的エキゾチズムへの憧憬が「ハレ」として結実し、ユーモラスでピースフルな音楽空間が広がっていた。それに対し、坂本の「安里屋ユンタ」は、ユッスー・ンドゥールの神々しい声と耽美なピアノが交錯し、聖性を帯びたポスト・ワールド・ミュージックへと変貌する。
同じ素材を扱いながら、細野は「楽園」への憧憬を描き、坂本は「美」への昇華を志向する。両者の指向性の差異は、この一曲の聴き比べだけでも明確に浮かび上がる。
多国籍サミットとしてのゲスト陣
『Beauty』には、当時の音楽シーンを代表する錚々たるゲストが集結している。ブライアン・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)、ロビー・ロバートソン(ザ・バンド)、ロバート・ワイアット(ソフト・マシーン)、アート・リンゼイ、そしてユッスー・ンドゥール。
ブライアン・ウィルソンはアメリカン・ポップの象徴、ロビー・ロバートソンはアメリカン・ルーツを体現する存在、ロバート・ワイアットはヨーロッパ的反骨精神の具現化、アート・リンゼイはニューヨーク・アヴァンギャルドの尖鋭、そしてユッスー・ンドゥールはアフリカ音楽の聖性。
これらの異質な要素を、坂本は「審美的均質性」の名の下に調和させてしまう。まるで国際会議の議長のように、多国籍な音楽家を束ねあげているのである。
ここで重要なのは、彼らが単にゲスト・プレイヤーとして装飾的に参加しているのではなく、坂本の音楽的世界観を補強する役割を果たしている点だ。
ユッスー・ンドゥールの歌声が「聖性」を付与し、アート・リンゼイのギターが「前衛性」を注入し、ブライアン・ウィルソンが「ポップ性」を保証する。すべては「Beauty」という理念を支えるための要素となっている。
サウンドの質感と美学
『Beauty』を貫いているのは、「耽美」と「冷ややかさ」の二重性。坂本のピアノは叙情的に響きつつも、決して熱を帯びすぎない。むしろ一定の距離を保ちながら、聴き手を冷徹に美の世界へ導いていく。打ち込みと生楽器が有機的に融合し、90年代初頭ならではのメタリックで透明感のあるサウンドを形作る。
ここにあるのは、感情を爆発させるような「熱狂」ではなく、冷静に整序された「美」の体系である。坂本のナルシシズムが透けて見える部分もあるが、それすらもアルバム全体の美学に組み込まれてしまう。
同時代性と文脈
1990年という時代も、このアルバムを理解する上で重要だ。ベルリンの壁崩壊から間もない時期であり、冷戦構造の終焉は音楽における「国境」の意味を問い直す契機となった。『Beauty』におけるグローバルな編成と美的均質化は、まさにポスト冷戦期の国際的文脈を反映している。
また、80年代末から90年代初頭にかけてのワールド・ミュージック・ブームとも深く連動している。当時、ピーター・ゲイブリエルやポール・サイモンらが異文化音楽を積極的に取り入れていたが、坂本はそれをさらに知的に推し進め、「美」という理念のもとに翻訳した。その意味で『Beauty』は、単なるブームへの追随ではなく、グローバリゼーションの時代に先駆けた独自の回答であった。
『Beauty』は、坂本龍一が「土着的エキゾチズム」を自らの美学の枠組みの中で解体し、再構築したアルバムである。それは一方で自己陶酔的なナルシシズムの表れでもあり、同時に90年代以降のグローバル音楽潮流を予見する先駆的実践でもあった。
『NEO GEO』で示された「音楽的グローバリゼーション」は、この『Beauty』でより明確に完成を見たといえるだろう。そこには「音楽の国境を超える」という単純な理念ではなく、「美という普遍概念の名の下に、異文化をいかに翻訳するか」という深い問いかけが横たわっている。
- アーティスト/坂本龍一
- 発売年/1989
- レーベル/ヴァージン・レコード
- ジャンル/エレクトロニック
- プロデューサー/坂本龍一
- 1. Calling from Tokyo
- 2. A Rose
- 3. Asadoya Yunta
- 4. Futique
- 5. Amore
- 6. We Love You
- 7. Diabaram
- 8. Annobon
- 9. Calling from Tokyo (Remix)
- 10. You Do Me
- 11. Calling from Tokyo (Extended Version)
