『アメイジング・スパイダーマン』(2012)
映画考察・解説・レビュー
『アメイジング・スパイダーマン』(原題:The Amazing Spider-Man/2012年)は、サム・ライミによる“性春映画三部作”から5年を経て誕生したリブート版。監督マーク・ウェブは『(500)日のサマー』で培った青春の繊細な情感を武器に、ピーター・パーカーの新たな成長譚を描く。しかし、アクションの飛翔感は乏しく、ライミ版のボンクラ的情熱とは異なるスマートさが際立つ。ゼロ年代青春映画の香りを纏った再出発作である。
リビドーの神話──サム・ライミ版の抒情
思い返してみれば、サム・ライミ版『スパイダーマン』シリーズは、ボンクラ高校生の抑えきれないリビドーを、アメコミ的フォーマットを借りて描くという、“性”春映画であった。
原作では糸状繊維をウェブシューターから発射するという設定だったのに、掌から発射できるようにわざわざ作り替えたのは、精子の放出=オナニーという明白なメタファーにせんがため。巨額の製作費を投じて、非モテ系男子の自慰行為を描くという、極めてラディカルなシリーズだったのである。
ヒーロー譚の装いの下に、ライミはイケてない厨房男子の成長物語を仕込んでいた。彼の『スパイダーマン』は、巨額の製作費を費やして“自慰行為の覚醒”を描いた最初のスーパーヒーロー映画だったのである。
ライミ版『スパイダーマン』におけるピーター・パーカー(トビー・マグワイア)は、冴えない高校生という設定を極限まで引き延ばした存在。学園では孤立し、恋にも踏み出せない。
だが、クモの咬傷によって覚醒した力は、抑圧されてきた欲望の具現化に他ならない。掌から放たれる白い液体は、性的メタファーとしての“射精”を露骨に象徴し、ビル街を飛翔する動作は、解放されたエロスの身体表現として機能する。
ライミの演出は、スーパーヒーロー映画の枠組みの中で、少年の欲望と罪悪感をカトリック的告白劇へと変換していた。クモの糸は都市に張り巡らされた性的抑圧の網であり、それを乗りこなす行為こそが成熟への通過儀礼だったのだ。
“WEBB”によるWEB──構造の洗練と感情の希薄化
その象徴的メタファーを継承したかに見えて、マーク・ウェブ版『アメイジング・スパイダーマン』(2012年)は、全く異なる方向を選んだ。監督名“Webb”の偶然が示すように、彼の視点はネットワーク的であり、関係性の構築に重きを置く。
だが、その洗練が映画のリビドーを希薄化させてしまった。アンドリュー・ガーフィールド演じるピーターは、スケートボードを自在に乗りこなすリア充的青年であり、グウェイン(エマ・ストーン)との関係も軽やかに進展する。
彼はもはや“孤独な変態”ではなく、“選ばれた恋人持ちの優等生”だ。ウェブが得意とする感情のリリシズムは、アクションという運動体を支配できず、空間の飛翔感はライミ版ほどの重力を持たない。映像が空を切るたびに、観客は重さのない青春に漂う。
ライミの『スパイダーマン』が〈性の覚醒〉を描いたとすれば、ウェブの『アメイジング~』は〈性の無害化〉を描いている。そこでは欲望のドライブが抑えられ、恋愛も倫理的均衡の中に収められている。
ガーフィールド版ピーターの恋は、映画的快楽を内燃させることなく、現代的“正しさ”の中で消費される。スーパーヒーロー映画が大衆市場に適合していく過程で、性的衝動や不純な感情が浄化されていく。
その過程を象徴するのが、このリブート版。ウェブのカメラは、青春をロマンチックに映すが、そこには肉体の重みが欠落している。
リブートの宿命──善き映画の退屈
『アメイジング・スパイダーマン』は、構成も演出も破綻がなく、俳優も魅力的で、全体として優等生的に整っている。だが、だからこそ危うい。ライミ版にあった滑稽さや未熟さこそが、このヒーロー像を人間的にしていたのに、そのエッセンスが雲散霧消している。
ウェブ版は、物語の必然性を欠いた再演にすぎず、“再解釈”という名の焼き直しにとどまる。優れた技術が、熱の欠如を補えない。ピーターが都市を駆け抜けても、糸の震えに欲望の残響はない。結局のところ、ライミが描いたのは“性の目覚め”であり、ウェブが描いたのは“性の封印”だった。
二人の監督の差は、時代の変化でもあるだろう。2000年代初頭、スーパーヒーロー映画はまだ思春期の夢だった。2010年代に入り、それは世界市場に向けた管理された商品へと変質する。
『アメイジング・スパイダーマン』の端正さは、その過程の証拠である。欲望が去った後の清潔なヒーロー像。そこにあるのは、青春の終焉であり、スーパーヒーロー映画が“欲望を演じる場所”であった時代の記憶への哀惜だ。
- 原題/The Amazing Spider-Man
- 製作年/2012年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/136分
- ジャンル/アクション、青春
- 監督/マーク・ウェブ
- 脚本/ジェームズ・ヴァンダービルト、アルヴィン・サージェント
- 製作/ローラ・ジスキン、アヴィ・アラッド、マット・トルマック
- 製作総指揮/スタン・リー、ケヴィン・フェイグ、マイケル・グリロ
- 原作/スタン・リー、スティーヴ・ディッコ
- 撮影/ジョン・シュワルツマン
- 音楽/ジェームズ・ホーナー
- アンドリュー・ガーフィールド
- エマ・ストーン
- リス・エヴァンス
- デニス・リアリー
- キャンベル・スコット
- イルファン・カーン
- マーティン・シーン
- サリー・フィールド
- アメイジング・スパイダーマン(2012年/アメリカ)
- 白雪姫(2025年/アメリカ)
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