『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』──スピルバーグが描く“嘘と家族”の軽やかな逃走劇
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(原題:Catch Me If You Can/2002年)は、実在の天才詐欺師フランク・アバグネイルJr.の若き日々を描く。16歳で両親の離婚をきっかけに家を飛び出したフランクは、パイロットや医師などに成りすまし、全米を渡り歩く。一方、彼を追うFBI捜査官カール・ハンラティは執念の捜査を続け、追跡を通じて奇妙な信頼関係が芽生えていく。
オープニングに宿る時代の輝き
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2002年)は、アメリカン・ミッド・センチュリー・モダンの意匠がふんだんに注ぎ込まれた、スウィンギン&グルーヴィンなゴキゲン・ムービーだ。1960年代という時代そのものが、もはやひとつのデザイン・アイコン。映画全体を軽快でポップな雰囲気に包み込んでいる。
冒頭から観客を惹きつけるのが、ソウル・バスやモーリス・ビンダーを彷彿とさせるグラフィカルなタイトル・デザインだ。幾何学的で有機的なフォルムがスクリーンを駆け巡る映像は、『シャレード』(1963年)や『トプカピ』(1964年)といった、極彩色あふれる60年代作品を思い起こさせる。ここで提示されるのは、単なるオマージュではなく、映画そのものが時代を再構築する試みだ。
さらに、ジョン・ウィリアムズによるスコアがこのデザインに寄り添う。『スター・ウォーズ』や『インディ・ジョーンズ』といった壮大なサウンドトラックのイメージとは対照的。
本作で彼が奏でるのは、ヘンリー・マンシーニ風のソフィスティケートされたアーリー・ジャズ。ミッド・センチュリーの空気を呼び覚ます音楽は、観客を60年代アメリカの夢の世界へと誘う。
パンナム航空のアイコノグラフィー
本作のヴィジュアルを象徴するのが、パンナム航空の存在だ。世界中のセレブリティに愛されたこの航空会社は、アメリカの繁栄を体現するブランド。「汎アメリカ主義」と揶揄されるほど、その象徴性は強烈だった。
流線型の機体デザインや空港の近代建築は、アメリカン・ミッド・センチュリー・モダンの未来志向を体現するものだった。そこには「未来は無限に広がる」という楽観が映し出されていた。
だが同時に、その背後にはベトナム戦争や家庭崩壊といった時代の暗部も存在していた。華やかな空港や航空機のイメージは、フランク・アバグネイルJr.の“逃走”を彩る舞台であると同時に、彼の心の空洞を覆い隠す仮面でもある。
クライム・コメディの仮面を被った家族映画
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』は一見すると軽快なクライム・コメディーだ。詐欺師の少年とFBI捜査官の追走劇は、洒脱なテンポで進行する。フランク・シナトラの「Come Fly with Me」やナット・キング・コールの「The Christmas Song」といったスタンダード・ナンバーが流れるたび、観客はポップな時代絵巻を楽しむ。
だが、その華やかさとは裏腹に、物語の根底にはシリアスな主題が横たわっている。なぜ心優しい少年フランク(レオナルド・ディカプリオ)が詐欺師へと転じたのか。
その動機は家族の崩壊にある。両親の離婚によって居場所を失った彼にとって、偽名を使い世界を欺く行為は、“もう一度家族を取り戻す”ための必死の試みだったのだ。
一方、彼を追うFBI捜査官カール・ハンラティ(トム・ハンクス)もまた孤独な人物だ。十数年前に妻と離婚し、クリスマス・イブを一人で過ごす彼は、フランクの身辺を調べるうちに、その孤独に共感していく。
追う者と追われる者が次第に奇妙な絆で結ばれ、疑似的な父子関係が形成されていく過程は、単なる犯罪映画を超えた普遍的な人間ドラマを形づくっている。
もちろん、スピルバーグ映画がこれまで描いてきた他のテーマも存分に登場する。たとえば、常に家族の崩壊や親子関係の断絶を語ってきた「捨て子」というテーマ。、『未知との遭遇』以来繰り返し登場する、「空港」というモチーフ。
そして、『激突!』(1971年)や『ジョーズ』(1975年)から続く“追跡”の構図。この作品においても、追う者と追われる者の心理的なせめぎ合いを際立たせている。
こうした要素が組み合わさることで、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』はスピルバーグ映画の集大成とも言える豊かなモチーフを軽やかなトーンで結実させた作品になっているのだ。
ディカプリオとハンクスの演技的相補性
ディカプリオは「大人を演じる子供」を体現している。医師、弁護士、パイロットといった肩書きを身に纏うたびに、彼の若々しさは逆に浮き彫りになる。詐欺を重ねることで父の喪失を埋めようとするが、彼がどこまで行っても“息子”であることが強調されるのだ。
一方、トム・ハンクスが演じるハンラティは、父親不在のフランクにとって「代理の父」として機能する。頑固で不器用ながらも、彼の誠実さはフランクの心に居場所を与えていく。両者の演技的相補性こそが、本作の感動を支えている。
スピルバーグ自身の物語として
本作を語る上で忘れてはならないのが、スピルバーグ自身の人生との照応である。幼少期に両親が離婚した彼は、家庭の崩壊という経験を一貫して映画に刻み込んできた。
『シンドラーのリスト』(1993年)ではユダヤ人としてのアイデンティティを真正面から描いたが、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』では自己言及的要素をユーモアで包み込み、軽妙に語ろうとしたのだろう。
その意味で、この映画はシリアスとエンターテインメントの両立を模索したスピルバーグの“中間点”とも言える。エンタメ映画の装いをまといつつ、彼自身の深い孤独を投影した極めて個人的な作品なのだ。
結末に漂う孤独の救済
ラストでフランクは捕まり、法の裁きを受ける。しかし彼の運命は悲惨ではない。ハンラティの庇護のもとで新たな人生を歩み始めることで、彼は“家族”を獲得する。追う者と追われる者が父子へと転化する瞬間、映画は温かな救済を提示する。
ここに示されるのは、孤独を抱えた者同士が互いの欠落を補い合うことによって初めて癒される、というメッセージである。それはまさしく、スピルバーグ自身が求めてきた救済のかたちなのだ。
- 原題/Catch Me If You Can
- 製作年/2002年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/141分
- 監督/スティーヴン・スピルバーグ
- 製作/ウォルター・F・パークス、スティーヴン・スピルバーグ
- 製作総指揮/バリー・ケンプ、ローリー・マクドナルド、アンソニー・ロマーノ、ミシェル・シェーン
- 原作/フランク・W・アバグネイル、スタン・レディング
- 脚本/ジェフ・ナサンソン
- 撮影/ヤヌス・カミンスキー
- 衣装/メアリー・ゾフレス
- 編集/マイケル・カーン
- 音楽/ジョン・ウィリアムズ
- レオナルド・ディカプリオ
- トム・ハンクス
- クリストファー・ウォーケン
- マーティン・シーン
- ナタリー・バイ
- エイミー・アダムス
- ジェニファー・ガーナー
- フランク・ジョン・ヒューズ
- ブライアン・ホウ

