3.11後の私たちに響く“予言の映画”
『チャイナ・シンドローム』(原題:The China Syndrome/1979年)は、ジェームズ・ブリッジズ監督が手がけた社会派サスペンスの傑作。テレビキャスターのキンバリー(ジェーン・フォンダ)が原子力発電所で重大事故寸前の瞬間を目撃し、技師ジャック(ジャック・レモン)、カメラマンのリチャード(マイケル・ダグラス)とともに真実を追う姿を描く。本レビューではネタバレを含めてストーリーを解説し、スリーマイル島事故と“予言的”に呼応した歴史的背景、そして娯楽映画としての演出やジャーナリズム映画としての意義について考察する。
渋谷での偶然と原発映画への問い
渋谷アップリンクでドキュメンタリー『監督失格』を観終えた帰り道、東急本店近くで山本太郎とすれ違った。
かつては「気のいいアンちゃん」役で映画やドラマに引っ張りだこだった彼も、3.11以降は反原発活動家として街頭やワイドショーで語り続けている。その姿を見ながら、「ひとつの災厄が人の人生を劇的に変えることがあるのだな」と感慨にふけった。
同時にふと、「原発の危険性を告発する映画は、これまで存在しなかったのだろうか?」という問いが浮かび、足は自然とTSUTAYA渋谷店へ。そこで借りたのが、1979年の社会派サスペンス『チャイナ・シンドローム』だった。
『チャイナ・シンドローム』の物語と背景
この映画は、テレビキャスターのキンバリー・ウェルズ(ジェーン・フォンダ)が、カメラマンのリチャード(マイケル・ダグラス)とともに原子力発電所の取材に赴くところから始まる。
ところがその最中、コントロールルームで予期せぬトラブルが発生。取材クルーは偶然にも「重大事故寸前の瞬間」をフィルムに収めてしまう。
後日、映像を専門家に見せた結果、それが深刻な炉心事故につながりかねない事態であったことが判明する。真実を世に知らせようと奔走するキンバリーだったが、発電所側は徹底した隠蔽を図る。
内部告発に踏み切る技師ジャック・ゴデル(ジャック・レモン)は孤立し、彼女とともに巨大な利権構造に立ち向かうことになる……。
映画はテレビ局と電力会社の思惑、ジャーナリズムと市民の権利の衝突をサスペンスのフォーマットで描き出す。地味ながらも息をのむカー・チェイスや、手に汗握るクライマックスが盛り込まれ、「社会派」でありながらエンタメ映画としての力強さを失っていない点が特筆される。
現実との“予言的”な符合
この作品が公開されたのは1979年3月16日。ところが、わずか12日後の3月28日、現実にスリーマイル島原子力発電所事故が起きた。フィクションで描かれた「もしも」が、皮肉にも現実に重なってしまったのである。
原子力発電は「CO₂を出さない」「コストが安い」「燃料が安定供給できる」といった利点をうたって推進されてきたが、同時に一度の事故が甚大な被害をもたらすことを、この映画と実際の事件は示してみせた。
映画のタイトルである「チャイナ・シンドローム」とは、もし原子炉がメルトダウンすれば、核燃料が地球を突き抜けて真裏の中国まで達するのではないか、という比喩的な仮説に由来する。
現実にはありえない極論だが、核エネルギーの恐ろしさを直感的に伝える表現だ。3.11を経験した我々にとって、その言葉は冗談では済まされない重みを持って迫ってくる。
映画史を振り返れば、原子力をめぐる恐怖や社会的不安は折に触れてスクリーンに描かれてきた。たとえば、被曝労働者の実話を下敷きにした『シルクウッド』(1983年)。チェルノブイリ事故後に、放射能汚染の現実を正面から描いた今村昌平の『黒い雨』(1989年)。もしくは、HBOドラマ『チェルノブイリ』(2019年)の生々しい映像表現が大きな反響を呼んだ。
フィクションとドキュメンタリーを問わず、原子力は常に「文明の光」と「災厄の影」を同時に孕んだテーマとして再演され続けてきたのである。
そうした流れの中で、『チャイナ・シンドローム』は冷戦下のアメリカにおいて、原発を推進する論理とそれに潜む危険をサスペンス仕立てで描き、現実のスリーマイル島事故と“予言的”に呼応してしまったという点で、特異なポジションを占めている。
まさに「映画が現実を先取りしてしまう」瞬間であり、それは『コンテイジョン』(2011年)がCOVID-19を思わせるパンデミックを描いたことと同じく、フィクションの力が現実を照射する典型例といえるだろう。
サスペンス演出と娯楽映画の醍醐味
『チャイナ・シンドローム』が優れているのは、問題提起に終始せず、エンターテインメントとして観客を引き込む語り口を徹底している点だ。
単なる「原発批判映画」では観客は構え込んでしまうが、本作はまずスリリングな企業サスペンスとして観客を惹き込み、その後に社会的テーマを突きつけてくる構造を持っている。
たとえば、発電所のコントロールルームで事故が起きる冒頭のシークエンス。アラーム音、緊迫するオペレーター、汗ばむジャック・レモンの表情といった細部の積み重ねによって、観客は「何が起きているのか」という不安に巻き込まれる。専門用語を多用せずに映像的緊張感だけで危機を伝える演出は、社会派映画でありながら純粋なスリラーの文法に則っている。
中盤には、テレビ局が映像を握りつぶそうとする駆け引き、内部告発をめぐる攻防といったプロットが展開される。これらは一見地味な政治劇だが、撮影のテンポや編集のリズムはむしろスパイ映画や企業スリラーに近く、観客の集中を切らさない。
さらに、記者会見シーンではジャック・レモンが孤立無援の状況に追い込まれ、カメラは彼の顔に執拗に寄る。演技の緊張とカット割りのスピードが一体となり、映画全体が一気にクライマックスへ加速していく。
そして終盤。カー・チェイスという娯楽要素が唐突に挿入されるのも、本作の巧みなバランス感覚だ。観客は単なる「告発劇」を観ているのではなく、ハリウッドの王道娯楽を観ているのだという実感を得る。
だからこそ、最後に社会的メッセージが突きつけられた時、その衝撃は押しつけがましくなく、むしろ「観客自身が気づかされる」体験へと昇華している。
つまり『チャイナ・シンドローム』は、重いテーマを“説教”としてではなく、“娯楽の快楽”を通じて伝える稀有な作品なのである。だからこそ、45年以上経ったいまでも、ただの社会派映画を超えて、サスペンス映画の傑作として位置づけられているのだ。
ジェーン・フォンダの演技
そして、『チャイナ・シンドローム』におけるジェーン・フォンダの存在感は、単にスター女優の華やかさにとどまらない。彼女が演じるテレビキャスターのキンバリー・ウェルズは、当初は軽い娯楽番組を担当するだけの“花形アナウンサー”にすぎず、原発取材にも本質的な関心を抱いていなかった。
だが、コントロールルームでの事故を目撃したことを契機に、彼女はメディアの責務と個人の良心の間で葛藤し、やがて巨大な圧力に抗う主体へと変貌していく。
フォンダの演技はその変化をきわめて自然に体現している。初登場時の彼女は軽快で都会的な女性像として描かれるが、物語が進むにつれ、視線の動きや声の抑揚に“迷い”と“決意”が交錯し、ジャーナリストとしての覚醒がにじみ出てくる。
華やかな外見の裏に、報道者としての誠実さと恐怖心のリアリティを宿すことで、観客は「自分ならどうするか」という問いを突きつけられるのである。
この人物造形によって『チャイナ・シンドローム』は、原発サスペンスであると同時に「ジャーナリズム映画」としての側面を強く獲得している。
組織に従属する“顔”としてのキャスターが、真実を伝える“声”へと変わる過程は、まさに報道の使命を映し出す寓話であり、その核心にフォンダの演技が置かれているのだ。
ジャーナリズム映画の系譜
この「ジャーナリズム映画」という切り口で考えると、本作は同時代の『大統領の陰謀』(1976年)と地続きの問題意識を共有している。
この映画が、ワシントン・ポストの記者二人の取材活動を通してウォーターゲート事件を暴き出したように、『チャイナ・シンドローム』もまた、ひとりの報道者の目を通して巨大組織の隠蔽体質を白日の下にさらす。
違いは、前者が新聞記者の緻密な取材過程をドキュメンタリー的に描いたのに対し、後者はテレビ報道の世界を舞台にしつつ、サスペンス映画のスリルを導入した点にある。
さらに近年の『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)と比較すると、報道者が個人の信念を武器に社会の闇へ挑むという骨格は共通している。『スポットライト』が記者チームの連帯を描いた群像劇であるのに対し、『チャイナ・シンドローム』ではキンバリー個人の変化に焦点が当てられ、個の覚醒を強調しているのが特徴だ。
つまり本作は「ジャーナリズム映画」の中でも、個人の勇気が社会を動かす力になることを強調した稀有な例といえるだろう。
現代への示唆
もし山本太郎が反原発をより広く訴えたいのなら、声高なスローガンよりも、こうした映画を通じて多くの人に「原子力の光と影」を考えさせる方が、よほど効果的かもしれない。
娯楽映画の力で社会を動かす――その可能性を示す一本として、『チャイナ・シンドローム』はいまなお観る価値がある。
- 原題/The China Syndrome
- 製作年/1979年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/122分
- 監督/ジェームズ・ブリッジス
- 製作/マイケル・ダグラス
- 製作総指揮/ブルース・ギルバート
- 脚本/マイク・グレイ,T・S・クック、ジェームズ・ブリッジス
- 撮影/ジェームズ・A・クレイブ
- プロダクションデザイン/ジョージ・ジェンキンス
- 衣装/ドンフェルド
- 編集/デヴィッド・ローリンズ
- 音楽/スティーヴン・ビショップ
- 舞台装置/アーサー・ジェフ・パーカー
- ジェーン・フォンダ
- ジャック・レモン
- マイケル・ダグラス
- ダニエル・ヴァルデス
- ジム・ハンプトン
- ピーター・ドゥナット
- スコット・ブラディ
- ウィルフォード・ブリムリー
- ルイス・アークエット
- リチャード・ハード
- スタン・ボーマン
- ジェームズ・カレン
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