『さまよう魂たち』──“笑えない笑い”のホラー・コメディ
『さまよう魂たち』(原題:The Frighteners/1996年)は、ピーター・ジャクソン監督がマイケル・J・フォックス主演で描いたホラー・サスペンスである。幽霊と交信する詐欺師フランク(フォックス)が、突如として連続殺人事件に巻き込まれ、死神の正体を追う。軽妙なSFXの裏で暴力と死が交錯し、笑いと恐怖の境界が崩壊していく。
「ホラー・コメディ」への誤読──観客を欺くプロローグ
某映画サイトの解説によると、『さまよう魂たち』はこう書かれている。「悪霊祓いの詐欺師が残虐な死神と対決する姿をSFXを駆使して描いたホラー・コメディ」。しかし、これを“コメディ”と呼ぶのは明らかに誤解だ。いや、もし笑えるとしたら、それはあまりに黒い笑いすぎる。
製作総指揮は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のロバート・ゼメキス、主演はマイケル・J・フォックス。オープニングのトーンも「幽霊退治×軽快SFX」の路線で、『ゴーストバスターズ』と『ゴースト/ニューヨークの幻』のハイブリッドのように見える。
だが油断は禁物だ。前半のユーモラスな導入を経て、映画は唐突に猟奇的悪夢へと転落する。観客が笑う余地など、ほとんど残されていない。
ファミリー映画の仮面──“R指定回避”という詐術
確かに、幽霊たちと戯れるマイケル・J・フォックスの姿には、ディズニー的なユーモアが漂う。だがその「無邪気さ」は意図的な偽装だ。ピーター・ジャクソンは、R指定を逃れるために、残虐な物語を“ファミリー向けSFX映画”という仮面で包んでいる。
その実態は、血なまぐさい殺人事件を幽霊譚へと置き換えた暴力の寓話である。とりわけ、パトリシアの母親が惨殺されるシーンの陰惨さは、ファミリー映画の文脈を決定的に裏切る。あの場面を観た子供が夜中に泣き出しても、まったく不思議ではない。
ピーター・ジャクソンの“バッド・テイスト”──悪趣味の系譜
このトンデモ映画を成立させているのは、監督ピーター・ジャクソンの“性”だろう。『ブレインデッド』(1992年)で噴出させた血と臓物の祝祭は、ここでも封印されることなく、より洗練された“悪趣味”へと姿を変える。
ジャクソンは、死や狂気をコメディの衣装で覆い隠すが、それは隠蔽ではなく挑発だ。笑いの形式に暴力を封じ込めること自体が、彼のバッド・テイスト的ユーモアなのだ。
『さまよう魂たち』は、ハリウッド進出第一作でありながら、ニュージーランド時代の残虐性と風刺精神を一滴も失っていない。まるで子供向けホラーの皮をかぶった、血塗れのジョークである。
俳優たちの悪夢的共演──死者が再びスクリーンに甦る
キャスティングもまた、奇妙な悪ふざけに満ちている。『死霊のしたたり』のジェフリー・コムズは、頭のネジが外れたFBI捜査官を怪演。全身の筋肉が神経症的に震えるその演技は、ジャクソン流のカリカチュアとして完璧だ。
さらに、忘れがたいのがリー・アーメイの出演。『フルメタル・ジャケット』(1987年)で鬼軍曹を演じたあの人物が、墓地の守護霊としてマシンガンを乱射する──という、誰得なシーン。まるで“ヴィンセント・ドノフリオに撃ち殺されたその後”という設定のようで、映画全体がメタ的な悪夢に突入する。
ここでは死者も蘇り、過去のキャラクターも成仏できない。『さまよう魂たち』とは、ハリウッド自身の死体たちが蠢くカルト的サーカスなのである。
“笑えなさ”の美学──ファンタジーの終焉
『さまよう魂たち』は、表向きはホラー・コメディだが、実際には笑いを不可能にする構造を持っている。コメディの文法で描かれる死は、しばしば観客に無力感を与える。どれだけ明るい音楽を流しても、どれほど軽やかなSFXで包んでも、死は死のままだ。
この映画が残酷なのは、笑わせながら観客の神経を削いでいく点にある。笑いと恐怖が共倒れするその感覚──それこそピーター・ジャクソンが仕掛けた“ブラック・ジョークの地獄”である。
マイケル・J・フォックスの快活さ、ゼメキス印の軽妙なテンポ、そしてジャクソンの悪意ある演出。これらが融合した『さまよう魂たち』は、表面上は明るい娯楽作でありながら、内側では腐臭を放つ死の寓話だ。
もしこの映画を“ホラー・コメディ”と呼ぶなら、それは“笑えない笑い”の映画として、ブラック・ユーモアの極北に位置づけるべきだろう。『さまよう魂たち』は、子供に見せてはいけないファミリー映画であり、笑ってはいけないコメディである。
- 原題/The Frighteners
- 製作年/1996年
- 製作国/ニュージーランド、アメリカ
- 上映時間/110分
- 監督/ピーター・ジャクソン
- 製作/ジェイミー・セルカーク、ピーター・ジャクソン
- 製作総指揮/ロバート・ゼメキス
- 音楽/ダニー・エルフマン
- 脚本/フラン・ウォルシュ、ピーター・ジャクソン
- 撮影/アラン・ボリンガー、ジョン・ボリック
- 特殊メイク/リック・ベイカー
- 編集/ジェイミー・セルカーク
- マイケル・J・フォックス
- トリニ・アルバラード
- ピーター・ドブソン
- ジョン・アスティン
- ジェフリー・コムズ
- ジェイク・ビジー
- ディー・ウォレス
- リー・アーメイ R.
- シャイ・マクブライド
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