2017/9/26

太陽がいっぱい/ルネ・クレマン

『太陽がいっぱい』──なぜアラン・ドロンの美は不安を誘うのか?

『太陽がいっぱい』(原題:Plein Soleil/1960年)は、青年トム・リプリーが友人フィリップへの羨望から、彼の人生を模倣しようとするサスペンス・ドラマ。アラン・ドロンは美しさに憑かれた青年を冷ややかに演じ、光に満ちた風景の中で、欲望と孤独の影が濃く立ち上がる。地中海のまばゆい太陽が、彼の虚構を容赦なく照らし出す。

ジゴロの眼差し──アラン・ドロンという虚構

『太陽がいっぱい』(1960年)を初めて観たとき、多くの観客──とりわけ女性たち──が「アラン・ドロンの美貌にノックアウトされた」と語った。だが、この映画が提示する“美”は、単なる外見的魅力にとどまらない。

青年トム・リプリーを演じるアラン・ドロンは、完璧な肉体を持ちながら、どこか“演じすぎている”ように見える。彼の笑顔には、自己意識の影が差しており、ナルシスティックというより「ナルシスを模倣する男」の不器用さが漂う。

つまりこの映画の“ドロンの美”とは、生まれつきの神性ではなく、“美しさを演じる努力”そのものなのだ。だからこそ、彼は完璧ではなく、危うい。観客はそのギリギリの偽装に惹きつけられる。

クレマンの欲望──監督と俳優の間にある密やかな緊張

映画解説者・淀川長治がリプリーとフィリップ(モーリス・ロネ)の関係を「ホモセクシュアル的関係」と喝破したことは有名だ。だが、そこに宿るのは単なる性的含意ではない。

ルネ・クレマン自身が同性愛者であり、アラン・ドロンに特別な感情を抱いていた──という噂は真偽不明ながら、作品を読むうえで示唆的だ。監督のカメラは、フィリップを見つめるリプリーの視線を介して、ドロンの肉体を愛撫するように追う。

つまりクレマンの眼差しは、フィリップを愛するリプリーのそれと重なり、映画そのものが“欲望の代行装置”となる。スクリーンに映るのは、物語上の殺人劇であると同時に、監督自身がドロンに向ける倒錯的な恋情のトレースでもあるのだ。

リプリーという「憧憬する凡庸」──ナルシスの神話を裏返す

トム・リプリーはギリシア神話のナルキッソスではない。彼はナルキッソスに憧れる側、つまり「美を渇望する凡庸な青年」である。 この構造の転倒こそが、アラン・ドロンの演技の本質だ。

彼は完璧な美青年として振る舞うが、その美しさは他者(フィリップ)の模倣であり、羨望と劣等感の表出である。リプリーはフィリップを殺すことで“美”を奪い、“美しい者”として生まれ変わろうとする。

しかし、その変身は永遠に未完に終わる。『太陽がいっぱい』とは、“美への到達不能性”を描いた悲劇であり、リプリーは「美の代用品」として生き続ける亡霊なのだ。

ルネ・クレマンの太陽──光の下に潜む影

ギラギラと照りつける地中海の太陽、真白なヨット、深いコバルトブルーの海。クレマンのカメラは、光と色彩を極限まで解放している。 しかしその明度の高さこそ、欲望の陰影を際立たせる。光の強度が増すほど、影は濃くなる。

リプリーが身を置く世界は、祝祭のように眩いが、その中心には冷たい孤独がある。ニーノ・ロータの旋律もまた、表面上は軽やかながら、どこか悲嘆を帯びている。イタリア的陽気さの裏に、抑圧された罪悪と自己嫌悪が流れているのだ。

クレマンは太陽を“希望”ではなく“暴力”として描く。光のもとでしか美は見えない。だが光に晒された瞬間、美は同時に滅びていく。

アンソニー・ミンゲラ監督による『リプリー』(1999年)は、この構造を逆転させた。マット・デイモンの平凡な容貌は、リプリーの“凡庸さ”をそのまま体現する。一方、ジュード・ロウは神話的な美の象徴として配置される。

このキャスティングの差異によって、原作が内包していた「憧憬の構造」はより明確となる。ミンゲラ版では、リプリーが憧れるのは“他者の人生”そのもの。彼は他者を殺すことでようやく自分になれる。

クレマンのリプリーが“美に取り憑かれた模倣者”だったとすれば、ミンゲラのリプリーは“アイデンティティを失った模倣そのもの”である。どちらも「自己と他者の境界を越えたい」という倒錯的欲望のドラマだ。

『太陽がいっぱい』は、アラン・ドロンの美貌を称える映画ではない。むしろ“美に呪われた青年”の映画である。クレマンはドロンの外面の美しさを通して、内側に潜む不安と欲望の裂け目を覗き込んだ。

そして太陽は、そのすべてを照らす。美も、欲も、罪も、愛も──光の下ではすべてが等しく露わになる。『太陽がいっぱい』とは、美しさの裏に潜む残酷な真実を暴き出した、映画史上もっとも眩しい“欲望の告白”なのだ。

DATA
  • 原題/Plein Soleil
  • 製作年/1960年
  • 製作国/フランス、イタリア
  • 上映時間/112分
STAFF
  • 監督/ルネ・クレマン
  • 脚本/ルネ・クレマン、ポール・ジェコブ
  • 製作/レイモンド・アキム、ロベール・アキム
  • 音楽/ニーノ・ロータ
  • 撮影/アンリ・ドカエ
  • 原作/パトリシア・ハイスミス
  • 美術/ポール・ベルトラン
  • 衣装/ベラ・クレメント
CAST
  • アラン・ドロン
  • モーリス・ロネ
  • マリー・ラフォレ
  • エルヴィーレ・ポペスコ
  • エレノ・クリザ
  • フランク・ラティモア