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『リクルート』(2004)CIAの嘘と訓練と裏切りが交錯する、操作されたスパイの物語

『リクルート』(2004)
映画考察・解説・レビュー

3 BAD

『リクルート』(原題:The Recruit/2004年)は、スティーヴン・ドナルドソン監督が手がけたスパイ・スリラー。MIT出身のプログラマー、ジェームズはCIAの新人養成所「ファーム」に招かれ、極限状況での心理操作や諜報技術を叩き込まれていく。だが訓練で学んだはずの“見抜く力”が、次第に実戦の中で揺らぎ始め、組織内部の裏切りと密命の存在が浮上する。訓練と実任務が曖昧に溶け合う二重構造の中で、ジェームズは信頼と権力の崩壊に直面し、自らの正義すら疑わざるを得なくなる。

二部構成で語られる物語

『リクルート』(2004年)は、明確に二部構成で語られるスパイ・サスペンス映画だ。

マサチューセッツ工科大学を卒業したエリート学生のコリン・ファレルが、CIAのベテラン工作員アル・パチーノにスカウトされ、「ファーム」と呼ばれる養成所で特殊訓練を受ける第一部。そして、秘密工作部隊NOCに配属されたのち、心を通わせた女性ブリジット・モイナハンに二重スパイの嫌疑がかかり、その真相を探る第二部。この二つの軸が作品を支えている。

思い返せば、スタンリー・キューブリックの怪作『フルメタル・ジャケット』(1987年)もまた、訓練と戦争の二段構えで構成されていた。

前半の訓練キャンプは閉鎖的なフレームで圧迫感を与え、後半のベトナム戦争では移動撮影を駆使し、奥行きある戦場を映し出すことで空間的なコントラストを生み出している。

同じ二部構成の戦争映画である『プラトーン』(1986年)や『地獄の黙示録』(1979年)も、訓練と実戦の断絶を強烈に印象づけることに成功していた。しかし『リクルート』には、そのような計算はほとんど存在しない。 あまりにも安易な二部構成なのだ・

空間的演出の欠如

「ファーム」は森の奥にある隔絶された施設のはずだが、ロングの遠景や地理的孤立を強調するショットがなく、観客は「閉じ込められている」という感覚を共有できない。後半の舞台となるCIA本部ラングレーもまた、都市的な雑踏や組織の威圧感を十分に映像化できておらず、空間的差別化は希薄なまま。

ロジャー・ドナルドソン監督は、『追いつめられて』(1987年)でペンタゴン内部の息苦しさを描き出し、『13デイズ』(2000年)で国家危機の臨場感を演出したフィルムメーカー。だが本作では凡庸な演出に終始している。

この「空間を物語化できなかった」欠点は、サスペンス映画としてあまりにも致命的だ。その理由はラストに直結している。

裏切り者と判明したパチーノが射殺される直前、「俺をこんなところに押し込めやがって!」と吐き捨てる。優れた工作員だった彼が実地任務から外され、ファームで訓練官として飼い殺しにされたことがプライドを打ち砕いた――そう解釈すれば十分にドラマチックだ。

だがその「押し込められた空間」の実感を観客が共有できないため、彼の裏切りは必然性を欠き、脚本上の都合にしか見えない。明らかに、観客を納得させるソフト・ランディングに失敗している。

アル・パチーノは、『ゴッドファーザー』以来「組織に翻弄される男」を演じてきた。本作でも「組織に見捨てられた老練者」としての存在感を発揮している。だが、その裏切りの動機づけを補強すべき映像演出が欠けているため、彼の演技力すら充分に活かされていないのだ。

ヴォネガット引用の表層性

補足すれば、本作は知的ポーズを演出するために文学的引用を散りばめている。

コリン・ファレルがカフェでカート・ヴォネガットの『スローターハウス5』を読む場面や、コンピュータ・ウイルスに「アイス9」と名付ける仕掛け、『チャンピオンたちの朝食』という台詞などはすべてヴォネガット小説からの引用。

だが、ヴォネガット作品に通底する「時間の非線形性」や「運命の皮肉」は物語に活かされず、単なる小道具的なオマージュにとどまってしまっている。知的装飾としては面白いが、作品を支えるテーマには昇華されていない。

『リクルート』は、俳優の魅力も文学的引用も空間設計も、すべてが中途半端に終わり、説得力ある着地を見せられなかった。その失敗こそが、この映画を凡庸なスパイ・サスペンスに留めてしまった最大の理由である。

DATA
  • 原題/The Recruit
  • 製作年/2004年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/115分
  • ジャンル/サスペンス
STAFF
  • 監督/ロジャー・ドナルドソン
  • 脚本/ロジャー・タウン、カート・ウィマー、ミッチ・グレイザー
  • 製作/ジェフ・アップル、ゲイリー・バーバー、ロジャー・バーンバウム
  • 製作総指揮/ジョナサン・グリックマン、リック・キドニー
  • 撮影/スチュアート・ドライバーグ
  • 音楽/クラウス・バデルト
  • 編集/デヴィッド・ローゼンブルーム
CAST
  • アル・パチーノ
  • コリン・ファレル
  • ブリジット・モイナハン
  • ガブリエル・マクト
  • ユージン・リピンスキ
  • ケン・ミッチェル
  • マイク・リアルバ
  • ロン・レア
  • カール・プルーナー
  • クリス・オーウェンズ
FILMOGRAPHY