映像実験の胎動──学生映画から長編へ
南カリフォルニア大学映画学科の学生だったジョージ・ルーカスが卒業課題として制作した短編『電子的迷宮/THX 1138 4EB』(1967年)は、無機質な大学構内を舞台に、冷たく管理された未来社会をモンタージュ的に描き出した。
わずか15分の実験作でありながら、光と音の構築性はすでに異様な完成度を誇っていた。これを観たフランシス・フォード・コッポラが惚れ込み、彼の製作会社「アメリカン・ゾエトロープ」で長編映画としてリメイクされたのが『THX-1138』(1971年)である。
この作品は、ジョージ・オーウェル『1984年』やハクスリー『すばらしい新世界』を下敷きにした、超社会管理体制下の未来社会を描くディストピア・ムービー。
人類は巨大な地下都市に収容され、薬物投与によって感情を抑圧され、名前を奪われ番号で呼ばれている。生殖は人工授精によってのみ管理され、性愛は反逆の行為と化している。
この世界で、放射性物質を扱う技術者THX-1138は、ルームメイトのLUH-3417と恋に落ち、禁じられた肉体関係を結ぶ。反体制分子として拘束されるが、やがて監視社会の網をかいくぐり、逃走を図る──。粗筋としては単純だが、鑑賞中の印象はきわめて難解だ。
ルーカスは一切の説明描写を排除し、観客に“世界を補完する想像力”を要求する。モノクロームに近いホワイトの空間設計、断続的に挿入される警告音や電子ノイズ、コンピュータ音声による祈祷のような指令──それらは物語を語るというより、体験させる。
編集は断片的で、映像と音響のリズムはジャン=リュック・ゴダールの実験映画を思わせる。カットが切り替わるたびに音楽が唐突に変調し、場面の連続性は意図的に破壊される。
フィジカルで湿った官能、スキンヘッドの恋人たちが白い虚空で抱き合うショットと、背景の無機質な構造体が拮抗する。その緊張感は、アントニオーニ『赤い砂漠』(1964年)が描いた人間と環境の疎外関係を思わせる。ルーカスは物語を進行させることよりも、「映像がいかに現実を拒むか」を実験しているのだ。
ワーナー・ブラザースはこの完成版を「理解不能」として勝手に5分カットし、ルーカスは深く失望した。この経験が、後年の彼の「ハリウッドを信用しない」という確固たる姿勢を決定づけた。
『スター・ウォーズ』シリーズを完全独立採算で製作した背景には、この時の屈辱がある。つまり、THXが体制からの逃亡を試みる物語は、ルーカス自身が映画産業という管理システムから“逃げ出そうとした”自己投影でもあったのだ。
彼がのちに設立したTHX、スカイウォーカー・サウンド、ILMといった企業群は、その“反体制”を技術として制度化した形でもある。もはや映画会社に支配されるのではなく、自らが技術を所有し、基準を定め、再び世界を設計する。
皮肉にも、“管理社会への反抗”というモチーフは、彼自身の映画制作手法そのものに転生した。THXという名称が、のちに音響規格ブランドとして再び登場するのは偶然ではない。それは「支配の象徴」が「創造の印章」へと変わる逆転劇だった。
神話の原型──ルーカス的世界構築の始まり
『THX-1138』のヴィジュアルデザインは、当時のアメリカ映画では異例の抽象性を持つ。ホワイトで統一された空間に、頭を剃り上げた群衆が行列をなす。建築は無機的で、照明は一方向からのみ降り注ぎ、影が存在しない。
すべてが“純粋映像”として構成されており、人物の表情は感情の不在そのものを可視化する。ここにあるのは、物語ではなく「記号としての人間」だ。
ルーカスはこの段階で、すでに“人物”よりも“世界観”を作ることに重きを置くタイプの監督であることを明示している。彼がのちに銀河帝国を創造する“世界構築型映画作家”となるのは、必然的帰結だったといえる。
興味深いのは、本作が“ジョージ・ルーカスの第一主義的神話構造”をすでに内包している点である。THXとLUHの関係は、後の『スター・ウォーズ』で描かれるアナキンとパドメ、ルークとフォースの関係の萌芽でもある。
愛と禁欲、秩序と自由、創造と破壊──その二項対立の構図はこの時点で確立されている。人工的社会の中で感情を取り戻そうとする行為は、ジェダイの禁欲主義への反抗にも重なる。
つまり『THX-1138』は、スペース・オペラへ至る前夜に描かれた“人間的覚醒”の試論であり、神話的主題を実験的に提示した原点である。
また、ルーカスの実験は映像だけでなく“音”にも及ぶ。遠近感を破壊する立体的なサウンド設計は、のちのサラウンド音響の先駆となった。彼にとって音響とは、情報ではなく空間の延長だった。
静寂や残響が物語の呼吸を決定づけるという感覚は、後年の「THX規格」において制度化される。すなわち、『THX-1138』は技術美学の起点であり、同時にルーカスの“映画哲学のプロトタイプ”である。
現在この映画を観ると、当時の実験性以上に、ルーカスという作家の存在証明としての切実さが浮かび上がる。システムに管理される群衆の中で、ただ一人逃げ出すTHXの姿は、若き映画作家が巨大資本から自立しようとする決意そのものである。
結末で彼が眩い太陽光の中へ走り出すカット──それは物語の終結ではなく、映画作家ジョージ・ルーカスの始まりを象徴するショットである。
『THX-1138』は不完全な映画だ。だが、その不完全さこそが創造の衝動そのものを体現している。抽象的で説明を拒む構成、過剰なまでの潔癖な映像、整合性より理念を優先した編集──すべてが「映画とは何か」という問いへの若き回答として存在している。
のちの彼が“誰も見たことのない神話世界”を構築できたのは、このとき“誰も理解できなかった世界”を撮ったからだ。
- 原題/THX-1138
- 製作年/1971年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/86分
- 監督/ジョージ・ルーカス
- 製作総指揮/フランシス・F・コッポラ
- 製作/ローレンス・スターハン
- 脚本/ジョージ・ルーカス、ウォルター・マーチ
- 原作/ジョージ・ルーカス
- 撮影/アルバート・キン、デヴィッド・マイヤーズ
- 美術/マイケル・ハラー
- 音楽/ラロ・シフリン
- ロバート・デュヴァル
- ドン・ペドロ・コーリー
- マギー・マコーミー
- ドナルド・プレザンス
- シド・ヘイグ
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