「『野火』戦争という悲劇を徹底的に客観視する、市川崑流“反戦映画”」という考察/解説レビューをCINEMOREに寄稿しました。
「戦争は、人間から、知性というか個性というか、そういう大切なものを剥ぎ取ってしまう罪悪ですからね。もちろん『野火』は、そのことを生に訴えるんじゃなくて、戦争という悲劇を、徹底的に客観視しようとしたんです」(*1)
映画『野火』(59)を制作するにあたって、監督の市川崑はこのような発言をしている。本作は、大岡昇平の戦争体験を元に書かれた同名小説の映画化作品。太平洋戦争末期のフィリピン・レイテ島を舞台に、現実とも狂気ともつかない地獄絵図が綴られる。主人公・田村一等兵(船越英二)の第一人称で語られる構成ともなれば、戦争の恐ろしさをいくらでも個人的・主観的に掘り下げることができただろう。ところが市川崑は、むしろ過酷な状況を「徹底的に客観視」しようとする。
『ぼんち』(60)を映画化した際に、市川崑は原作者の山崎豊子から「私の小説は大木の根っこである。市川さんの演出は鋭くてモダンだが、ナイフにすぎない。あのナイフでは私の太い根っこは料理できない」(*2)と強烈な一言をカマされているが、過度な感情操作を避けるクールな視座こそが、市川ism。塚本晋也が監督、脚本、製作、主演を務めたリメイク版『野火』(14)が、目を覆いたくなるほど生々しい阿鼻叫喚ムービーだったことを思えば、そのタッチはより際立つ。極限状況におけるカニバリズムを描いた作品であるからこそ、市川崑は理知的な態度を貫いたのだろう。
ぜひご一読ください!
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