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バックドラフト/ロン・ハワード

『バックドラフト』──炎の中のアメリカ神話

『バックドラフト』(原題:Backdraft/1991年)は、シカゴの消防士兄弟が炎と人間の運命に立ち向かう姿を描くドラマである。兄スティーブンと弟ブライアンは、父の殉職をきっかけに同じ職に就き、火災現場で再び絆と確執を交錯させる。放火事件の真相を追う捜査官らが関与する中、兄弟は命を懸けて炎の正体と向き合う。アメリカの労働者階級に根ざした誇りと継承の物語として展開する。

カート・ラッセルという「労働者の英雄」

TSUTAYAにおいて、レオナルド・ディカプリオやブラッド・ピットの特設コーナーは堂々と存在するのに、カート・ラッセルの棚がないとは、いかがなものか。これは断じて、店舗スタッフの怠慢である(キッパリ)。

『ニューヨーク1997』(1981年)、『遊星からの物体X』(1982年)、『ゴーストハンターズ』(1986年)、『スターゲイト』(1994年)、『エグゼクティブ・デシジョン』(1996年)。

どれも80年代から90年代にかけてのアクション映画史に刻まれるマスターピースであり、日曜洋画劇場の記憶に深く刻まれた映像遺産だ。それを一列の棚にすら並べぬとは、文化的怠慢以外の何ものでもない。猛省を求ム!

そんなカート兄貴の代表作として、ロン・ハワード監督の『バックドラフト』(1991年)を外すことはできない。消防士という職業の矜持と宿命を描きつつ、兄弟愛と責任、そして炎の中に生きる男たちの美学を叩き込んだ、正統派アメリカン・ドラマの傑作である。

ロバート・デ・ニーロ、ドナルド・サザーランド、スコット・グレン、レベッカ・デ・モーネイ、ジェニファー・ジェイソン・リーという豪華キャストを従え、堂々の主役を張るのがカート・ラッセルだ。やったぜ兄貴。オトコだぜ兄貴。

一見すれば、彼のようなB級アクション常連がメジャースタジオの火災大作に抜擢されるのは意外だが、そこにはハワード的な計算が潜んでいる。カート・ラッセルは単なるアクション俳優ではない。肉体と精神の両面で“労働者階級の代弁者”たり得る稀有な存在だ。

ハリウッドにおいて「筋肉」はしばしば支配の象徴として機能するが、彼の肉体は常に労働の痕跡を宿している。スタントを自らこなし、肉体を酷使してきた彼のハングリー精神は、スクリーン上で消防士という職能に見事に転写された。

彼が火と闘う姿には、ブルーカラーの誇りが凝縮されているのだ。

移民国家アメリカとアイリッシュの記憶

この映画が持つ社会的文脈を読み解くと、アメリカの労働者史が透けて見えてくる。

ご存じの通り、19世紀以降、肉体労働者として新天地に渡ったアイルランド系移民たちは、警察官や消防士といった“市民を守る職種”に多数従事してきた。彼らは国家を支えるために身体を差し出し、同時に自らの出自を誇りとして生きた。葬儀で流れるバグパイプの音色は、その誇りの象徴である。

『バックドラフト』における消防士像はまさにその系譜の上にある。ラッセル演じるベテラン消防士スティーブンは、アイリッシュ・プライドを背負う男であり、職務に殉ずることが名誉であると信じている。

そのマッチョイズムは、WASP(白人アングロサクソン・プロテスタント)優越主義の薄皮を纏った上層階級の倫理とは異なる場所にある。つまり彼は、アメリカ社会の“下からのヒーロー”として炎の中に立つ。

ドナルド・サザーランド演じる放火魔ロナンとの対話は、支配と抵抗、理性と本能の衝突として読めるのだ。

ロン・ハワードの「炎のスペクタクル」

ロン・ハワードの演出は常に“職人芸”である。彼は感情を劇的に煽るのではなく、物理的な現象としての炎に神話的な意味を与える。

タイトルの“バックドラフト”──酸素を奪われた炎が突如逆流し爆発を起こす現象──は、物理学的現象であると同時に、人間の内なる怒りと哀しみの比喩として設計されている。

抑圧された情動が、一瞬で暴発する。兄弟間の確執、職務への執念、自己犠牲の衝動。これらが「炎の呼吸」として呼応する。

映像的にもハワードは、炎を単なる災害ではなく、有機的な“生命体”として扱う。オレンジの光がゆらめき、黒煙が蠢き、酸素が奪われる瞬間にカメラは息を潜める。

炎が画面を支配するたび、観客はそれが“破壊”ではなく“浄化”として機能していることに気づく。ハワードにとって、火は罪の焼却炉であり、再生の胎内でもあるのだ。

しかしこの映画は、ただのパニック・アクションにとどまらない。兄(カート・ラッセル)と弟(ウィリアム・ボールドウィン)の葛藤を軸に据えた本作は、むしろ“青春群像劇”としての側面を色濃く持っている。ベテランと新米、経験と理想、現場主義と倫理観。炎を前にした兄弟の対立は、世代間の継承という主題をも孕んでいる。

ハワードはこの関係を単純な感動譚に回収せず、あくまで職能の継承として描く。つまり、「誰かが火を消し続けねばならない」という宿命的連鎖だ。人間は常に災厄の前に立ち尽くし、そこに意味を見出す。

ベテランの死、若者の覚醒、そして炎の鎮火——これらはアメリカ的ヒーロー譚の基本構造であると同時に、儀式的な「再生の物語」として作用する。

一方で、ジェニファー・ジェイソン・リーが登場するたびに画面は艶やかに熱を帯びる。消防車の上でのラブシーンは、ベタな象徴表現——“恋の炎が燃える”——の極致だが、同時に本作がどれほど欲張りな映画であるかを端的に示している。

アクション、サスペンス、ロマンス、家族ドラマ、社会派スリラー。これほど多層的なトーンを併走させながらも、破綻せずにまとめ上げてしまうのがハワードの器用さであり、ハリウッドの工房的な総合芸術性だ。

もっとも、その多層性ゆえにストーリーテリングはしばしば渋滞を起こす。映画がどのジャンルを主軸に据えているのか判然としない瞬間がある。だが、ジェニファー・ジェイソン・リーの存在がすべてを赦す。彼女の官能的な存在感が、物語の重力を中和しているのだ。

炎の中に立つ者たち

『バックドラフト』は、単なる消防士映画ではない。アメリカという国家の根幹に息づく“労働者の神話”を、炎のメタファーを通じて再構築した壮大な寓話である。

ブルーカラーの誇り、移民の系譜、兄弟の継承、愛と死の儀式。それらすべてが炎の中で一瞬にして融解し、光と煙の彼方に消えていく。ロン・ハワードはその瞬間を、ただのスペクタクルとしてではなく、祈りとして撮った。

カート・ラッセルの荒々しい肉体の奥には、燃え尽きることを恐れない精神が宿っている。彼はただの俳優ではない。炎を背負って立つ男たちの代弁者なのだ。

DATA
  • 原題/Backdraft
  • 製作年/1991年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/132分
STAFF
  • 監督/ロン・ハワード
  • 脚本/グレゴリー・ワイデン
  • 製作/リチャード・バートン・ルイス、ペン・デンシャム 、ジョン・ワトソン
  • 製作総指揮/ブライアン・グレイザー、ラファエラ・デ・ラウレンティス
  • 撮影/ミカエル・サロモン
  • 音楽/ハンス・ジマー
  • 美術/アルバート・ブレナー
CAST
  • カート・ラッセル
  • ウィリアム・ボールドウィン
  • スコット・グレン
  • ジェニファー・ジェイソン・リー
  • レベッカ・デ・モーネイ
  • ロバート・デ・ニーロ
  • ドナルド・サザーランド
  • J・T・ウォルシュ
  • クリント・ハワード