『御法度』(1999)
映画考察・解説・レビュー
『御法度』(1999年)は、巨匠大島渚監督が司馬遼太郎の『新選組血風録』を原作に、新選組内部の同性愛という禁忌のテーマを描き出した時代劇。美貌の剣士・加納惣三郎(松田龍平)の入隊によって狂わされていく男たちの愛憎と嫉妬を、ビートたけし、浅野忠信ら豪華キャストで描いた衝撃作。
新選組という淫美な牢獄
大島渚の遺作『御法度』(1999年)は、血をたぎらせるようなエロティシズムに満ちあふれた、危険な劇薬である。
物語の中心となるのは、近藤勇と土方歳三が絶対的な独裁体制で支配する新選組だ。彼らは、時代の進歩的な思想から完全に取り残された戦闘集団。農民や浪人上がりの男たちが武士になるという幻想に取り憑かれている。
近藤&土方は、局中法度という厳格な掟と暴力によって内部を強烈に統制していた。逃亡や私闘は即座に切腹を意味する。そこは常に死と隣り合わせの閉鎖的な牢獄に等しい。
だが規律が強固であればあるほど人間の本能はドス黒く煮詰まる。極限の閉塞感は、鬱屈とした情欲を生み出すのだ。大島渚はここで高潔な生と死の歴史ドラマなど一切描かない。スクリーンに生々しく刻み付けるのは、性と死がねっとりと交錯する狂気のテキストである。
男たちは常に日本刀を帯びて殺し合いの恐怖に晒される。他者の肉体に刃を突き立てるという、暴力的な行為。それは容易に性的なエクスタシーへとすり替わる。血の匂いは精液の匂いと同義なのだから。
そんな男ばかりの強固なホモソーシャル集団に、加納惣三郎(松田龍平)という一人の美少年が紛れ込む。。彼が入隊したその瞬間から、鉄の結束を誇る組織は音を立てて崩壊していく。
彼の存在が、隊士たちの抑圧された同性愛的な欲望を次々と暴発させる。大義名分や武士道などという建前は、狂おしい嫉妬と肉欲の前にあっさりと吹き飛んでしまう。
我々はこの映画が放つあまりにも淫美で倒錯した空気を、ただ静かに嗜むべきだ。歴史の闇に葬られた男たちの色恋沙汰を、大島渚は執拗にえぐり出す。
ワダエミの黒が撒き散らす艶
この映画は、映像美と様式美がすべてに先行。泥臭いリアリズムなど早々にドブに捨てている。その最たる証明が、世界的デザイナーのワダエミが手がけた新選組の隊服だ。
史実でお馴染みの、浅葱色にダンダラ模様の羽織など一切登場しない。彼女は、黒を基調としたアヴァンポップなデザインを大胆に採用。歴史的な正確さよりも映画的な美学効果を完全に優先させている。
隊士たちは、あえて襟元をラフに着崩す。黒い布地から覗く男たちの白い胸元が、信じられないほど妖しい。そして彼らが激しく剣を交え動くたび、スクリーン全体に濃厚な艶が撒き散らされる。
本作の画面に定着しているのは、むせ返るような色気だけ。大島渚とワダエミは、計算し尽くされた人工的な美の力で観客の視覚をハッキングする。
京都の暗い路地や修羅場となる寺の境内でさえも、劇場的なセットのように様式化。リアルな江戸時代の再現ではなく、欲望が渦巻く抽象的な空間として設計されている。だからこそ、登場人物たちの狂気がより一層生々しく際立つのだ。
そして、「見る/見られる」という視線の暴力。土方歳三が冷徹な視線で、惣三郎の美しさを観察する。田代彪蔵が肉欲に狂い、刃を剥き出しにする。映像の美しさが、そのまま劇薬として観客の脳髄を痺れさせる。
アヴァンギャルドな衣装が、時代劇の常識を破壊し新たな地平を切り拓いているのだ。
松田龍平の魔性と大島渚の遺言
このむせ返るような色気を体現する役者陣の存在感も凄い。絶対的な掟を揺るがす魔性の美少年を演じたのは、当時まだ17歳だった松田龍平。映画初出演となる彼の、どこか冷たく狂気を帯びた眼差しは、悪魔的なエロティシズムを放っていた。
さらに、ビートたけし演じる土方歳三が強力な重しとなり、浅野忠信が野蛮な志士として暴れ回り、武田真治が不気味な微笑を浮かべる。この倒錯的な空間設計は、大島渚の『戦場のメリークリスマス』(1983年)の血脈を完全に受け継ぐものだ。
軍隊という閉鎖空間でスパークする、同性愛的な緊張感の再構築。松田龍平は、デヴィッド・ボウイが体現した絶対的な美の役割を担っているのだ。
全編を包み込む坂本龍一の音楽も素晴らしい。不穏で美しいシンセサイザーの調べが、時代劇の風景と強烈な不協和音を奏でる。むしろそれが新選組の狂気を、現代的なテーマへと引き上げているのだ。
物語の終盤で、土方が満開の桜の木を切り倒す場面。桜は狂気の象徴であり、惣三郎の美しさそのものだ。土方は、その美という怪物が新選組という組織を内側から食い破ることを確信している。だからこそ彼は、怨念を込めて桜を斬るのだ。
本作は新選組という史実を借りた、残酷な寓話である。大島渚は自身の晩年に至って、性愛の根源的な力と死の匂いを完全に重ね合わせた。これは、病に倒れながらも映画への執念を燃やし尽くした、強烈な遺言なのである。
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