『わたしを離さないで』(2010)
映画考察・解説・レビュー
『わたしを離さないで』(原題:Never Let Me Go/2010年)は、臓器提供のために生まれたクローン人間たちの運命を描くラブストーリー。寄宿学校「ヘイルシャム」で育ったキャシー、トミー、ルースの三人は、友情と恋愛の狭間で揺れ動きながらも、短命に定められた未来に直面し、愛と喪失を受け入れていく姿が繊細に綴られていく。原作はカズオ・イシグロによる同名小説(2005年発表)で、ブッカー賞最終候補に選出されるなど高い評価を受けた。
マーク・ロマネクの映画的変遷
“MV界のカリスマ”マーク・ロマネクは、そのキャリアの出発点から映像表現に対する鋭敏な感覚を示してきた。
僕とロマネクのファースト・コンタクトは、レニー・クラヴィッツの『Are You Gonna Go My Way』PV。円形のドーム内でギターをかき鳴らす演奏者を360度広角で捉える映像手法に、あっという間に魅了されてしまった。
マイケル&ジャネット・ジャクソンの『Scream』PVも最高にクール。モノクロの密室空間で、ジャクソン兄妹が文字通りScreamする映像的高揚感は、完全に僕のハートを突き破った。
マーク・ロマネクはフィルムメーカーとしても活躍。『天国からの中継』(1985年)、『ストーカー』(2002年)を経て、3作目にブッカー賞作家カズオ・イシグロ原作の『わたしを離さないで』(2010年)を選択する。
ここで注目すべきは、MV時代の濃密かつ高彩度な映像表現から、パステルカラーを基調とした淡い色調へと大きく変容したことだ。映像表現の変化は、物語のテーマであるクローン人間の繊細な日常を描写する上で、不可欠な選択だった。
クローンをめぐる物語の文学的・映像的特徴
『わたしを離さないで』は、臓器提供のために生まれたクローン人間たちの物語。寄宿学校「ヘイルシャム」で育ったキャシー(キャリー・マリガン)、トミー(アンドリュー・ガーフィールド)、ルース(キーラ・ナイトレイ)の三人は、互いに友情と淡い恋心を抱きながらも、自分たちの運命が短命に定められていることを知っている。
日常の些細な出来事や学校生活の中で、彼らは喜びや痛みを経験し、愛情や嫉妬、友情の複雑な感情を育む。しかし、その未来は常に臓器提供という現実によって制約されており、個人の願いや夢は叶えられない。
物語は、SF的設定でありながらも、感情の機微や人間関係を繊細に描き出すことで、生命の儚さと愛の尊さを浮き彫りにしていく。やがて三人は、それぞれの運命に向き合い、愛と喪失の現実を受け入れることを余儀なくされる…。
設定はSF的であるものの、映像は英国式ロマンスの形式美を踏襲。キャリー・マリガンとキーラ・ナイトレイを今作に起用したのは、明らかにジェイン・オースティンの小説を実写化したラブロマンス映画『プライドと偏見』(2005年)に出演していたことに起因するものだ。
アンチ・ドラマティックな日々の素描
同様のモチーフを扱った映画といえば、マイケル・ベイ監督の『アイランド』(2005年)が挙げられる。汚染された世界を避けるため、隔離された施設で暮らしていた主人公リンカーンたちは、やがて臓器提供のため富裕層に利用されていることを知る。
真実を知ったリンカーンは、同じ運命にある女性ジョーダンと共に脱出を図って自由を獲得しようとする、やや大味なSFアクションだ。
一方『わたしを離さないで』の主人公たちは、淡々と己の運命を受け入れる。センチメントで、アンチ・ドラマティックな日々の素描。それゆえに、観る者に深い心理的インパクトを与える。
『わたしを離さないで』は、近年稀に見る美しくも哀しいラブストーリーの傑作だ。SF的設定と英国式ロマンスの融合、抑制的かつ深い演技、そして映像表現の巧妙な変奏。ロマネクの映像美学とイシグロ文学の叙情性が相互に補完し合い、観客に深い余韻を残す。
- 原題/Never Let Me Go
- 製作年/2010年
- 製作国/イギリス、アメリカ
- 上映時間/105分
- ジャンル/SF、ヒューマン
- 監督/マーク・ロマネク
- 脚本/アレックス・ガーランド
- 製作/アンドリュー・マクドナルド、アロン・ライヒ
- 製作総指揮/アレックス・ガーランド、カズオ・イシグロ、テッサ・ロス
- 原作/カズオ・イシグロ
- 撮影/アダム・キンメル
- 音楽/レイチェル・ポートマン
- 編集/バーニー・ピリング
- 美術/マーク・ディグビー
- 衣装/レイチェル・フレミング、スティーヴン・ノーブル
- キャリー・マリガン
- アンドリュー・ガーフィールド
- キーラ・ナイトレイ
- シャーロット・ランプリング
- イゾベル・ミークル=スモール
- チャーリー・ロウ トミー
- エラ・パーネル ルース
- サリー・ホーキンス
- わたしを離さないで(2010年/イギリス、アメリカ)
![わたしを離さないで/マーク・ロマネク[DVD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/510qwufrewL._AC_-e1759457445968.jpg)