『プロメテウス』(2012)
映画考察・解説・レビュー
『プロメテウス』(2012年)は、人類の起源を探るために宇宙へ旅立った科学者たちが、未知の惑星で創造主とされる存在と遭遇する物語である。考古学者エリザベス・ショウとホロウェイは、遠い星に人類のルーツを見出すが、探査の過程で人工生命体デヴィッドが密かに異物を持ち込み、船内に恐るべき事態が発生する。科学と信仰、創造と破壊の狭間で、乗組員たちは究極の問いに直面していく。
ビジュアルの怪物が放つ豪快な空振り
リドリー・スコットという男は、映像表現において圧倒的な天才性を示す一方で、物語構造やキャラクター描写に致命的な弱点を抱える、極端な偏向作家である。
野球選手で例えるなら、打てるコースには異次元の飛距離を誇るホームランを放つが、それ以外の球にはすべて空振り三振を喫してしまうようなタイプ。
神話的喚起力を呼び覚ますビジュアル・センスはもはや神の領域だが、5W1Hのストーリーテリングとなると、途端におぼつかなくなる。その結果、彼の映画を理解しようとすると、観客はしばしば迷宮に放り込まれたような混乱を経験することになるのだ。
出世作『エイリアン』(1979年)が完璧だったのは、それが「密室SFホラー」という単純明快な構造だったから。対照的に、SF映画の金字塔『ブレードランナー』(1982年)は、物語や設定の行間があまりに広すぎたため、熱狂的なファンたちが勝手にその隙間を読み解き、補完したことでカルト的支持を獲得した。
つまり、リドリー・スコットは骨の髄までビジュアリストであり、物語よりも「光と影の構図」を信じる男なのだ。その後のキャリアも壮絶な乱高下を見せる。歴史物からコメディまでジャンル横断的に挑むものの、正直言ってそのフィルモグラフィーは玉石混交だ。
『ブラック・レイン』(1989年)や『グラディエーター』(2000年)のような良作を放ったかと思えば、『1492 コロンブス』(1992年)や『G.I.ジェーン』(1997年)のような「どうしてこうなった」と言いたくなるトホホ作も平気で繰り出す。
この予測不能なムラっ気こそが、リドリー・スコットという作家の人間臭い魅力でもあるのだが。
創造主への不敬な挑戦
そんな流れの中で作られた『プロメテウス』(2012年)は、リドリーの映像的ストロングポイントを最大限に発揮できる、まさに彼のためのプロジェクトだった。
タイトルの「プロメテウス」とはギリシア神話の神であり、人類に「火」を与えた代償として永遠の苦しみを受けた存在。この神話的モチーフは、映画が掲げる「人類の起源」や「創造主との対立」という壮大なテーマに直結し、SF的叙事詩としての骨格を見事に形成している。
本作は、ジョゼフ・キャンベルの「英雄の旅」の構造や、ハイデッガー的な人間存在論を背景に、人類の起源という禁断の領域へ踏み込む。リドリーの演出は、『ブレードランナー』のネオノワール的な都市描写や、『エイリアン』の密室恐怖演出の地続きにある。
異星の巨大建造物や不気味な廃墟の風景は、単なる背景ではない。それは、人類文明の脆弱性と逃れられない宿命を喚起する、静かな暴力として機能しているのだ。
特に、異星の地層を這い回るカメラワークや、冷徹なまでに研ぎ澄まされた美術設計は圧巻だ。映像が哲学を語り、沈黙が問いを投げかける。この「画(え)の説得力」だけで観客をねじ伏せる力技こそが、リドリー・スコットの真骨頂なのだ。
整合性の崩壊と自己陶酔
……しかしだ。映像の壮麗さとは裏腹に、物語の理解は相変わらず困難を極める。
マイケル・ファスベンダー演じるアンドロイド、デヴィッドがなぜか宇宙船の構造に詳しすぎたり、ホロウェイに謎の液体を飲ませた動機が曖昧だったり、置き去りにされた二人組がいきなり凶暴化したりと、説明不足のオンパレード。リドリーのウィークポイントが、これでもかとダダ漏れになっているのだ。
さらに、全自動手術台で自らエイリアンの幼虫を取り出した直後に、エリザベス・ショウ(ノオミ・ラパス)がホッチキスで腹を止めて元気に駆けずり回るシーンなどは、もはや物理的・論理的整合性を完全に無視している。
普通の映画なら爆笑ものの珍シーンだが、リドリー・スコットはそんなことお構いなし。圧倒的な映像センスと緊張感で、強引にその破綻を突き抜けていく。
個人的にシビれるのは、デヴィッドが自身のフェイバリット・ムービー『アラビアのロレンス』のロレンスの台詞を引用し、髪型まで真似る場面だ。
物語上は完全に不要なエピソードだが、そこには自己陶酔的な美しさが満ちている。ロレンスという「異邦人」に自分を重ねるアンドロイド……この奇妙な詩情こそが、リドリー映画の真の醍醐味ではないか。
異形の映画という偏愛
『プロメテウス』は、圧倒的な映像美と物語の不整合という、矛盾する両義性を孕んだ怪物だ。それでも、この映画で描かれる異星文明の廃墟や、人工生命体の冷ややかな存在感は、人類の起源に関する深遠な問いを、言葉ではなく「映像」として我々の脳内に直接流し込んでくる。それは『ブレードランナー』から続く、リドリー・スコットの一貫した映画美学の極北と言えるだろう。
本作は単なるSFホラーではないし、ましてや安易な『エイリアン』の前日譚でもない。神話的モチーフ、圧倒的映像美、そして不可解きわまりない物語が交錯する、極めて「異形」な映画だ。そして僕らは、その異形さ、その歪な魅力ゆえに、この映画をどうしても嫌いになれない。いや、むしろ偏愛してしまうのだ。
整合性なんて窓から投げ捨てろ。ただ、この壮大なる「画」の暴力に身を委ねればいいのだから。
- 監督/リドリー・スコット
- 脚本/ジョン・スペイツ、デイモン・リンデロフ
- 製作/リドリー・スコット、デヴィッド・ガイラー、ウォルター・ヒル
- 製作総指揮/マイケル・コスティガン、マーク・ハッファム、マイケル・エレンバーグ、デイモン・リンデロフ
- 撮影/ダリウス・ウォルスキー
- 音楽/マルク・ストライテンフェルト
- 編集/ピエトロ・スカリア
- 美術/アーサー・マックス
- 衣装/ジャンティ・イェーツ
- エイリアン(1979年/アメリカ)
- プロメテウス(2012年/アメリカ)
- エイリアン ロムルス(2024年/アメリカ)
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