『俺たちに明日はない』(1967)
映画考察・解説・レビュー
『俺たちに明日はない』(原題:Bonnie and Clyde/1967年)は、実在の犯罪者ボニー・パーカーとクライド・バロウの逃避行を描いたアーサー・ペン監督の犯罪ドラマ。銀行強盗を重ねながら逃亡を続ける二人は、やがて警察に追い詰められ、破滅的な運命を辿っていく。1930年代のアメリカを背景に、貧困と抑圧の時代を生きる若者の行動と終焉を描く。
暴力と性愛が生んだ“新しいアメリカ映画”
アーサー・ペン監督の『俺たちに明日はない』(1967年)は、アメリカン・ニューシネマの幕開けを告げただけでなく、それまでの映画史を「前」と「後」に真っ二つに叩き割った衝撃作である。
世界で最も影響力をもつ雑誌「TIME」が当初は本作を酷評しながら、後に手のひらを返して「ニュー・シネマ」と称賛し表紙を飾らせたエピソードは有名だが、実際のところこの映画が提示したのは、ハリウッドが長年守り続けてきたヘイズ・コード(自主規制条項)に対する、最もスタイリッシュで残酷な反逆だったのだ。
当時まだ若手スターだったウォーレン・ベイティが、プロデューサーも兼任。デイヴィッド・ニューマンとロバート・ベントンが書いたシナリオを携え、フランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダールといったヌーヴェルヴァーグの巨匠たちに監督オファーを出しまくった。
トリュフォーはスケジュールの都合で断り、ゴダールは「天気の話などしている暇はない」とハリウッド・システムを唾棄して去る。しかし、その「ヌーヴェルヴァーグ的感性」──すなわち、既成の道徳を無視した軽快なリズムと、唐突な死の断絶──は確実に本作の遺伝子に組み込まれた。
制作会社の社長ジャック・ワーナーは、完成したラッシュを見て「なんだこのクソ映画は!小便に行く時間が3回もあるじゃないか」と激怒し、配給を葬り去ろうとしたという。
ベイティは社長の足元に跪き、「お願いだ、この映画を殺さないでくれ」と懇願したと伝えられているが、この執念がなければ、映画史は変わっていなかっただろう。
アーサー・ペン監督は、フランス映画特有の即興的な語り口と、アメリカの血なまぐさい暴力史を融合させ、ベトナム戦争の泥沼化に喘ぐ当時の若者たちの閉塞感を、実在の強盗カップルに投影してみせた。
彼らが求めたのは正義や金ではなく、行き止まりの疾走感と破滅の快楽こそが、時代のリアリティだったのである。
暴力の美学と“死のバレエ”
ラストシーンにおける87発の銃弾による処刑。これは単なる暴力描写ではない。映画史を永遠に書き換えた「暴力の芸術化」である。
アーサー・ペンはこの場面のために、4台のカメラを異なるスピード(スローモーションからノーマルまで)で回す。それらを細かく編集で繋ぎ合わせることで、ボニーとクライドの肉体が銃弾によって痙攣し、踊るように崩れ落ちる瞬間を、一種の「聖なる舞踏」へと昇華させた。
これが後に“死のバレエ”と呼ばれる演出。肉片が飛び散る残酷さと、最期の瞬間に愛を確認するように交わされる静謐なアイコンタクト。旧来のハリウッドが守り続けてきた「悪は滅びるべき」という勧善懲悪の倫理を、暴力そのものが祝祭へと転化する圧倒的な美学で粉砕したのだ。
この衝撃は、後のサム・ペキンパーやスコセッシ、タランティーノといった「暴力の申し子」たちへ直結する回路となる。だが、本作の真に批評的な鋭さは、クライドの「性的不能(インポテンツ)」という設定にあるのではないか。
当初の脚本では、クライドはバイセクシュアルの設定だったが、ベイティ自身の判断でインポテンツに変更。彼は銃という巨大な「男根的権力の象徴」を振り回しながら、内面では決定的な欠落を抱えている。
これは、マッチョなフロンティア・スピリットを誇示してきたアメリカという国家が、その裏側で抱えるアイデンティティの崩壊を告発する強烈な寓話だ。
ボニーが欲したのは金ではなく、退屈な日常を破壊してくれる「スリル」であり、クライドが銃を撃つのは性的充足の代償行為でもあった。
性愛の不在が暴力として爆発するこの構造こそが、本作を単なるギャング映画から、深い人間的絶望と悲哀を描いたレクイエムへと押し上げたのである。
時代を撃ち抜いたベレー帽の反逆
ベレー帽に細身のニット、ロングスカート。フェイ・ダナウェイが劇中で見せたファッションは、衣装デザイナーのセオドラ・ヴァン・ランクルの功績であり、公開後瞬く間に「ボニー・ルック」としてパリやニューヨークの街を席巻した。
これは映画が単なる娯楽を超え、「反逆のスタイル化」を完成させた瞬間だ。当時、ベトナム戦争への反戦運動やカウンターカルチャーの波の中にいた若者たちは、銀行(体制)を襲う彼らに自分たちの「ノー」を投影し、彼らの破滅を自分たちの自由として熱狂的に受容したのである。
脚本のロバート・ベントンたちは、エスクァイア誌の編集者出身であり、時代の空気を切り取る天才だった。彼らが書いたのは、かつてのアメリカ映画が描いてきた「家族の絆」や「正義の勝利」という虚構的な幸福を剥ぎ取り、剥き出しの「個」が巨大なシステムに踏み潰される物語。
この映画の遺伝子は、1970年代の『ゴッドファーザー』や『タクシードライバー』へ、さらに現代のアンチヒーロー映画へと連綿と受け継がれている。
アーサー・ペンの“破壊の詩学”は、映画を単なる物語の消費から、観客の倫理観を直接揺さぶる「体験」へと変容させた。いま見返しても、『俺たちに明日はない』のラストショットの静寂には、アメリカという国家の「青春の終わり」を告げる、冷徹で美しい響きが宿っている。
時代を撃ち抜いた銃声は、今なお私たちの耳元で鳴り響いている。
- 原題/Bonnie and Clyde
- 製作年/1967年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/112分
- ジャンル/クライム、ドラマ、恋愛
- 監督/アーサー・ペン
- 脚本/デヴィッド・ニューマン、ロバート・ベントン
- 製作/ウォーレン・ベイティ
- 撮影/バーネット・ガフィ
- 音楽/チャールズ・ストラウス
- 編集/デデ・アレン
- 美術/ディーン・タヴォウラリス
- 衣装/テアドラ・ヴァン・ランクル
- ウォーレン・ベイティ
- フェイ・ダナウェイ
- ジーン・ハックマン
- マイケル・J・ポラード
- エステル・パーソンズ
- デンヴァー・パイル
- ダブ・テイラー
- エヴァンス・エヴァンス
- ジーン・ワイルダー
- 俺たちに明日はない(1967年/アメリカ)
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