『2番目のキス』──愛と信仰が交錯するフェンウェイの奇跡
『2番目のキス』(原題:Fever Pitch/2005年)は、ファレリー兄弟が監督し、ドリュー・バリモアとジミー・ファロンが共演したロマンティック・コメディ。ボストン・レッドソックスの熱狂的ファンである高校教師ベンと、キャリアウーマンのリンジーが恋に落ちるが、ベンの“野球愛”が二人の関係を揺るがしていく。原作はニック・ホーンビィの自伝的小説『ぼくのプレミア・ライフ』。撮影中、レッドソックスが実際に86年ぶりのワールドシリーズ制覇を達成したため、現実の奇跡が作品と重なり合う形となった。
詐欺まがいの邦題と“恋愛コメディ三部作”の虚構
邦題『2番目のキス』(2005年)は、まるで『25年目のキス』(1999年)や『50回目のファースト・キス』(2004年)の続編を装うが、実際には三作のあいだに物語的な連関は皆無だ。
配給会社が仕掛けた安直なマーケティングの策略に過ぎない。だが、こうした“邦題の虚構”は、むしろ本作の本質を予言している。つまり、愛と幻想、現実と信仰のあいだに漂う〈擬似的な物語〉である。
原題『Fever Pitch(熱狂の球場)』が示す通り、この映画の核心は恋愛ではなく「熱狂」そのものだ。ファン心理と恋愛感情の相似形。愛とは、結局のところ“信仰の代替”なのだ。
原作はニック・ホーンビィの自伝的小説『ぼくのプレミア・ライフ』(1992年)。英国ではアーセナルFCへの盲目的な愛を描いた文化的バイブルであり、すでに1997年にはコリン・ファース主演で映画化されている。
今回のリメイクでは舞台がロンドンからボストンへと移り、主人公はレッドソックスの狂信的ファンとなった。アメリカの国民的スポーツへと翻訳されたこの設定変更が、作品に普遍的なエネルギーを与える。
ホーンビィが描いた“愛の依存構造”は、球団を信仰するアメリカ人の宗教的熱狂と見事に接続し、ファレリー兄弟の喜劇的文体の中でアメリカ文化のパロディとして再誕した。
観客はここで、恋愛の高揚と野球の興奮が同一の感情装置で駆動されていることに気づく。愛も応援も、根本的には“他者に人生を賭ける行為”なのだ。
2004年当時、ボストン・レッドソックスは“悲劇の球団”だった。1918年以来、86年間もワールドシリーズを制覇できず、“バンビーノの呪い”に囚われた存在として知られていた。
ファレリー兄弟が撮影を開始した時点で、誰もこの呪いが解けるなどとは思っていなかった。だが、現実は映画を超える。撮影期間中、レッドソックスは奇跡的な快進撃を続け、最終的に宿敵ヤンキースを撃破して悲願のワールドシリーズ制覇を達成。
映画は偶然にもその“奇跡の瞬間”を記録しており、結果的にラブコメディでありながらドキュメンタリー的価値をも獲得した。スクリーンの中で、恋愛の幸福と歴史的勝利が同時に成就する。この偶然の符合こそ、スポーツと映画、現実と虚構が交錯するファレリー兄弟の魔術的瞬間である。
ドリュー・バリモアという“幸福の装置”
『メリーに首ったけ』(1998年)や『愛しのローズマリー』(2001年)で知られるファレリー兄弟は、ハイテンションな下ネタと人間愛のバランスを得意としてきた。本作ではその“お馬鹿精神”をやや抑制し、代わりに感情の機微と幸福感を中心に据える。
コメディの力点はギャグではなく“多幸感”にある。彼らの演出の根底にあるのは、どれほどくだらなくても人間を肯定する視線だ。フェンウェイ・パークのスタンドで泣き笑いする群衆、試合の行方に一喜一憂するベン(ジミー・ファロン)の熱狂。
そこに描かれるのは、集団的陶酔の中で自己を見失い、なお他者を愛そうとする人間の姿である。ファレリー兄弟は笑いを通して人間の愚かさを赦し、愛を再定義する。
本作の輝きの中心にいるのは、プロデューサー兼主演のドリュー・バリモア。30歳目前のキャリアウーマンを演じながら、ややふくよかな肢体と無防備な笑顔でスクリーンを支配する。
彼女の演技には“計算された無邪気さ”がある。愛に傷つきながらも希望を手放さない女性像を、過剰な演技ではなく体温で表現する。クライマックスでフェンウェイ・パークを駆け抜けるシーン──恋人のもとへ走るその姿は、映画的リアリティを超えて象徴的である。
スポーツ映画の“走り抜けるヒロイン”は、もはや勝敗や恋愛のメタファーではなく、人生そのもののメタファーなのだ。ファレリー兄弟の軽妙な演出とバリモアの演技が融合し、観客の幸福回路を直接刺激する。彼女はこの映画の“感情のピッチャー”であり、“幸福の装置”である。
フェンウェイの夜明け──幸福という共同体の祝祭
レッドソックスへの愛に人生を捧げるベンは、もはやファンではなく信者だ。彼にとってフェンウェイ・パークは聖地であり、試合は儀式である。恋人との約束よりも試合のチケットを優先する彼の行動は、宗教的献身のパロディであり、同時に現代人の「依存の構造」を映し出している。
ベンにとってチームとはアイデンティティそのものであり、敗北は個人の死に等しい。彼が恋愛においても“勝ち負け”の感情に囚われるのは必然だ。愛もまたゲームであり、スコアで測られる。
だが最終的に彼は気づく。愛とは結果ではなくプロセスであり、応援し続けること自体が救いなのだ。その気づきの瞬間に、彼の信仰は恋愛へと転化し、スポーツ映画とラブコメディが見事に重なる。
物語の結末で、チームの奇跡と恋愛の成就が同時に訪れる。球場の歓声と観客の涙。そこに描かれるのは、勝利や愛を超えた“共同体の祝祭”である。
ファレリー兄弟は、幸福を個人の所有物としてではなく、分かち合う感情として提示する。だからこそ本作のハッピーエンドは軽くない。恋愛の勝利ではなく、孤独の終焉。愛と熱狂が交わるフェンウェイの夜明けは、現代における“救済の儀式”である。
『2番目のキス』は、スポーツと恋愛、信仰と狂気、現実と虚構のすべてが交錯する、奇跡の瞬間を記録した映画なのだ。
- 原題/Fever Pitch
- 製作年/2005年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/103分
- 監督/ピーター・ファレリー、ボビー・ファレリー
- 製作/ドリュー・バリモア、アラン・グリーンスパン、ナンシー・ジュヴォネン、ギル・ネッター、アマンダ・ポージー、ブラッドリー・トーマス
- 製作総指揮/ニック・ホーンビィ、デヴィッド・エヴァンス、マーク・S・フィッシャー
- 原作/ニック・ホーンビィ
- 脚本/ローウェル・ガンツ、ババルー・マンデル
- 撮影/マシュー・F・レオネッティ、グレッグ・ル・ダック
- プロダクションデザイン/メイハー・アーマッド
- 衣装デザイン/ソフィー・デラコフ
- 編集/アラン・ボームガーテン
- 音楽/クレイグ・アームストロング
- ドリュー・バリモア
- ジミー・ファロン
- ジャック・ケーラー
- アイオン・スカイ
- ジェイソン・スペヴァック
- スコット・H・セヴェランス
- ケイディー・ストリックランド
- スティーヴン・キング
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