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『魍魎の匣』(2007)「メトロポリス」に近接した、怪奇科学映画

『魍魎の匣』(2007)
映画考察・解説・レビュー

5 OKAY

『魍魎の匣』(2007年)は、京極夏彦の小説を原田眞人監督が映画化したミステリー。少女加菜子(寺島咲)の事故と失踪が物語の中心となる。事故後、加菜子は家族の判断で転院するが、程なく所在が不明となり、同じ頃に地域で複数の遺体が発見され、警察の調査が進む。作家の関口巽(宮迫博之)、私立探偵の榎木津礼二郎(阿部寛)、陰陽師としての知識を持つ京極堂こと中禅寺秋彦(堤真一)は、それぞれ異なる立場から加菜子の行方と連続する出来事の接点を探る。

情報量とカット割りの暴力性

毎年クリスマスにどの映画を観にいくかは、僕にとってささやかな儀式のような行為でありまして、2006年の『犬神家の一族』に続いて2007年は、『魍魎の匣』を選ばせていただきました。

どう考えてもデートムービーではないし、世俗的な評価軸からすれば非モテの象徴のような選択かもしれないが、その判断基準は僕の中ではほとんど意味を持たない。田中麗奈の存在だけで、その選択は充分すぎるほどに正当化されていたからだ!

成瀬巳喜男『稲妻』(1952年)の高峰秀子をモデルにしたという佇まいは、昭和的モダンガール像を現在へ引き寄せる試みとして鮮烈で、頭のてっぺんから足先まで、均整の取れた明朗さと快活さが宿っている。その姿は単なるキャスティングの妙ではなく、原田眞人の映画が纏う異質なテンションを支える一つの軸になっている。

プレスリリースでは「超高速ミステリー」と銘打たれていたが、その評価の半分は的確で、半分は本質を捉え損ねているのではないか。確かに原田眞人の語り口は『金融腐蝕列島〔呪縛〕』(1999年)や『突入せよ! あさま山荘事件』(2002年)と同様、圧縮された情報量を高速カットとマシンガントークで一気に消化する構造を持ち、観客は処理能力の限界へ追い込まれる。

しかし、この超高速テンポそのものが“謎解きの快楽”よりも“情報が氾濫する世界の不穏さ”を強調しており、ミステリーという枠をむしろ逸脱させる方向へ作品を導いている。

物語の筋が追いきれなくなるパート──特に美作教授(柄本明)の背景がほぼ描かれないまま進行する箇所──は単なる説明不足ではなく、“理解不能の断片を残す”という怪奇科学小説的世界観を強制的に成立させるための装置として機能している。

観客の認知に意図的な欠損をつくることで、映画は説明ではなく“感覚的圧力”として立ち上がる。

身体変形とドイツ表現主義の影

京極夏彦の原作は一般にミステリーとして扱われるが、その核には海野十三の怪奇科学小説に連なる“科学と怪異の混成体”が横たわっており、原田眞人の映画化はまさにその側面を極端に拡張している。

ドイツ表現主義的な光と影の造形はフリッツ・ラング『メトロポリス』(1926年)を強く想起させ、匣と一体化した宮藤官九郎の造形は、塚本晋也『鉄男』の身体変形のイメージと直結する。

巨大建造物を生体の器官として扱い、人工的な永続性を欲望するフランケンシュタイン的企みが物語の下層で脈打つこの映画は、実相寺昭雄『姑獲鳥の夏』の“箱庭的ミステリー”とはまったく異なる地平へ向かう。

上海ロケによるスケール感は、物語の外側へ世界を拡張し、観客を“怪奇科学映画”というジャンルへ接続させる。『魍魎の匣』は謎解きの映画ではなく、身体・科学・宗教・都市が奇妙に絡み合う“構造の映画”として姿を現す。

原作でページを割かれていた加菜子と頼子の同性愛的友情が大胆に省かれたことで、浮かび上がるのは“生の揺れ”ではなく“死の象徴”だ。手足を切断された少女の身体は、物語の中心に据えられた“変形する容れ物”として機能し、死体でありながら装置でもあるという二重の役割を担う。

この構造は、ジェニファー・リンチ『ボクシング・ヘレナ』(1993年)が提示した病理的エロティシズムを想起させるものの、シェリリン・フェンのようなセックスシンボルとは異なる方向に進む。

寺島咲の未成熟な身体は石膏によって補強され、変形され、“生きながらにして造形物”となる。ラストで加菜子がトルソーの姿のまま「ほぅ」とつぶやく瞬間は、倫理では捉えきれない静謐さとエロティックな気配を孕み、映画が最終的に目指す“怪奇科学と身体の接続点”を凝縮している。

身体と匣の同化──映画が到達する異形の核心

『魍魎の匣』を理解する鍵は、身体が器へ変換され、器が身体へと反転する構造そのものにある。匣は死体を収める容れ物でありながら、死体を象徴化し、少女を“物語の回路”へつなぐ中枢神経として機能する。

加菜子の身体は完全に匣と一体化し、観客は“人体を変形させることの論理”が物語の倫理を超越していく過程を目撃する。ここには快楽・恐怖・造形美が奇妙に同居し、怪奇科学小説のイメージが映画的に昇華される一歩手前で抑制されることで独自の緊張が生まれる。

匣に魅入られた者は加菜子にも魅入られ、加菜子へ魅入られた者は匣へ還流する。映画はその閉じた回路をあえて解体せず、観客に“引き返し不能な視線”を要求する。

映画は、匣の構造に取り込まれるようにして終幕を迎える。とりあえず、誰か僕のために匣に入ってくださいませんか。

DATA
  • 製作年/2007年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/133分
STAFF
  • 監督/原田眞人
  • 脚本/原田眞人
  • 製作/小椋悟、柴田一成、井上潔
  • 撮影/榊島克己
  • 音楽/村松崇継
  • 編集/須永弘志
  • 美術/池谷仙克
  • 録音/矢野正人
  • 照明/高屋斎
CAST
  • 堤真一
  • 椎名桔平
  • 阿部寛
  • 宮迫博之
  • 田中麗奈
  • 篠原涼子
  • 黒木瞳
  • 笹野高史
  • 寺島咲
  • 谷村美月
  • 宮藤官九郎
  • 柄本明