『ニュールンベルグ裁判』──スタンリー・クレイマーが描いた“裁く者と裁かれる者”
『ニュールンベルグ裁判』(原題:Judgment at Nuremberg/1961年)は、第二次世界大戦後のドイツを舞台に、戦争犯罪を裁く国際軍事裁判を描いた法廷劇。監督はスタンリー・クレイマー、出演はスペンサー・トレイシー、バート・ランカスター、マレーネ・ディートリッヒ、モンゴメリー・クリフト、ジュディ・ガーランド。アカデミー賞で主演男優賞と脚色賞を受賞し、映画史に残る名作と評された。
裁く者と裁かれる者
ニュールンベルグ裁判は、東京裁判と並ぶ二大国際軍事裁判のひとつであり、史上初めて“戦争犯罪”を問う場であった。連合国のアメリカ、イギリス、ソ連、フランスからそれぞれ判事が選ばれ、敗戦国ドイツの指導者たちが被告席に並んだ。
皮肉なことに、会場に選ばれた都市ニュールンベルグは、かつてヒトラーが130万人の前で演説し、ナチス党大会が繰り返し開催された「聖地」であった。つまりこの裁判は、ドイツの栄光が誕生した都市で、ドイツの罪が糾弾されるという、歴史的な“儀式の反転”でもあった。
映画はこの象徴性を踏まえつつ、架空の裁判長ダン・ヘイウッド(スペンサー・トレイシー)を中心に物語を構築する。リチャード・ウィドマーク、バート・ランカスター、マレーネ・ディートリッヒ、ジュディ・ガーランド、モンゴメリー・クリフト──戦後ハリウッドの名優たちが集結し、186分の長尺の中で「人間が人間を裁くこと」の重さを描き出す。
監督スタンリー・クレイマーは、アクションの少ない法廷空間を、心理的サスペンスの舞台へと変貌させた。突如のズームアップ、静寂の間、俳優の表情を舐めるように追うカメラ──それらは単なる演出技法ではなく、「正義を見つめる視線そのもの」が揺らいでいることを示している。
記憶と責任──語ること、黙ること
アビー・マンによる脚本は、検事・弁護人・裁判官の三つの視点を往還しながら、“罪とは何か”という問いの相対化を試みる。ナチスの狂気を告発する一方で、戦勝国による“正義の独占”もまた暴力であることを暗示する。
法廷に立つドイツ人被告たちは、命令に従っただけだと主張する。彼らは怪物ではなく、合理の名を借りた凡庸な人間である。映画はその事実を淡々と積み重ねながら、「個人の倫理と国家の命令が衝突するとき、人はどちらを選ぶのか」という、現代にも通じる根源的問題を突きつける。
モンゴメリー・クリフトが演じるルドルフ・ピーターセンの証言シーンは圧巻だ。断種手術を受け、身体も尊厳も奪われた男が、震える声で自らの体験を語る。整形後の彼の顔は、かつての美貌を失っていたが、その傷跡こそが「人間の記憶の証拠」としてスクリーンに刻まれている。
さらに、マレーネ・ディートリッヒ演じるナチス高官夫人が語る「ドイツ語は美しい」という台詞──その直後に口ずさむ〈リリー・マルレーン〉が、敗戦国の悲哀と誇りを同時に響かせる。彼女自身、ヒトラーの誘いを拒んでアメリカ市民権を得た経緯があるだけに、この場面には現実と虚構が交錯する二重の意味が宿る。
映画という証言台
ヘイウッド裁判長は判決を下す前にこう語る。「この法廷が必要だと思うのは、正義、真実、そして人間の命の重さです」。しかしクレイマーは、その“正義”を断言しない。映画の焦点は勝者の正義ではなく、正義という概念そのものの不確かさに置かれている。
裁く者も、また裁かれている──それが本作の倫理構造である。観客は、連合国側の正当性とナチスの罪を同時に見つめながら、どちらの中にも「人間の愚かさ」を見出すことになる。
『ニュールンベルグ裁判』は、戦争映画ではなく「記憶の映画」だ。そこでは勝者も敗者もなく、ただ“証言”だけが残る。カメラは事実を固定するのではなく、記憶の不安定さを刻印する。だからこそ、この映画はドキュメンタリーでも再現劇でもなく、“映画という名の法廷”なのである。
美しくも悲しい旋律が流れる。マレーネ・ディートリッヒの歌声とともに、言葉にならない痛みがスクリーンを満たす。それは敗者の鎮魂歌であり、同時に“正義を信じることの虚しさ”への挽歌でもある。
スタンリー・クレイマーが本作で問うたのは、「何が真実か」ではなく、「真実を語る者の責任とは何か」なのだ。
- 原題/Judgment at Nuremberg
- 製作年/1961年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/186分
- 監督/スタンリー・クレイマー
- 製作/スタンリー・クレイマー
- 原作/アビー・マン
- 脚本/アビー・マン
- 撮影/アーネスト・ラズロ
- 音楽/アーネスト・ゴールド
- スペンサー・トレイシー
- バート・ランカスター
- リチャード・ウィドマーク
- モンゴメリー・クリフト
- マクシミリアン・シェル
- マレーネ・ディートリッヒ
- ジュディ・ガーランド
- ウィリアム・シャトナー
- ケネス・マッケンナ
- エド・ビンズ
- アラン・バクスター
- マーティン・ブラント
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