2017/10/22

日曜日が待ち遠しい!/フランソワ・トリュフォー

『日曜日が待ち遠しい!』──軽やかな終楽章としてのトリュフォー

『日曜日が待ち遠しい!』(原題:Vivement dimanche!/1982年)は、フランソワ・トリュフォー監督の遺作となったロマンティック・ミステリー。小さな不動産会社を舞台に、社長のバルネ(ジャン・ルイ・トランティニャン)が殺人事件の容疑者となり、秘書バルバラ(ファニー・アルダン)が真相解明に奔走する。チャールズ・ウィリアムズの小説『土曜を逃げろ』を原作に、モノクロ映像で軽妙に描かれる。コミカルな捜査劇の裏に、監督の遊び心と女性への愛着が漂い、軽やかなサスペンスの中に幸福な余韻を残す。

フェティシズムから始まる映画的愉悦

『日曜日が待ち遠しい!』(1982年)は、一言でいえば“足フェチ映画”である。

胸フェチ、耳フェチ、背中フェチ、うなじフェチ、世の中に様々なフェティシズムがあれど、フランソワ・トリュフォーは無類の脚好きだったに違いない(根拠なし)。本作はその嗜好を隠すどころか、映画的装置として全面展開してみせる。

ファニー・アルダン演じる素人劇団員バルバラは、探偵ごっこに興じながら常に美脚を晒すコスプレ的存在であり、彼女が事件の謎を追うたびに、トリュフォーのカメラもまた執拗に脚線へと吸い寄せられていく。

ジャン・ルイ・トランティニャン演じる主人公ジュリアンが地下室の通気口から通行人の脚を見つめ、やがてアルダンまでもが自分の脚を誇示するように道路を往復する場面は、その偏愛の極致だ。

フェティシズムはここで倒錯的欲望ではなく、愛すべき人間の癖として映画の文法に転化されている。脚を見ることは、世界を見ること──そんなトリュフォー的眼差しが、軽妙に、そして無防備に開示される。

“遺作”の軽さが示すトリュフォーの成熟

『日曜日が待ち遠しい!』は、トリュフォーの最晩年に撮られた最後の長編である。翌1983年、彼は52歳で急逝した。『アメリカの夜』(1973年)や『終電車』(1980年)で映画という芸術そのものを凝視してきた彼が、遺作に選んだのは、驚くほど軽やかなB級ミステリーだった。

だがその軽さこそが、彼の成熟の証でもある。重厚なテーマや政治的寓話を手放し、日常と遊戯のあいだに漂う“生のリズム”を見つめ直した作品なのだ。まるで自分の死期を知っていたかのように、トリュフォーはここで映画の原点──“撮ることの喜び”──へと回帰する。

物語の奥に流れるのは、死への恐怖ではなく、最後まで創作を楽しもうとする軽やかな精神である。終楽章としてのこの映画は、沈黙ではなく笑いで幕を閉じる。

原作はチャールズ・ウィリアムズの犯罪小説『土曜を逃げろ』。題材としてはサスペンスの王道だが、トリュフォーはそこに真面目なリアリズムを持ち込まない。代わりに、演劇的な人工性とポップな諧謔を融合させることで、独自の“軽量ノワール”を構築する。

伏線を緻密に編み上げることよりも、登場人物の感情が突発的に動き、事件が気まぐれのように展開していく。その不自然さがむしろ心地よい。観客は“物語を追う”のではなく、“映画を味わう”ことを求められる。

影と光のバランス、足音と会話のテンポ、アングルの妙。そこにはジャン・ルノワール的な遊び心と、ヒッチコック的スリルへの愛情が同居している。

トリュフォーはミステリーを撮りながら、ジャンルそのものを茶化しているのだ。ノワールの仮面をかぶったロマンティック・コメディ──それが本作の正体である。

ファニー・アルダンという“脚”のミューズ

ファニー・アルダンは、この映画のもう一つの主題だ。トリュフォーにとって彼女は単なる女優ではなく、創作の根源を再生させる“ミューズ”。彼は彼女にカメラを向けながら、脚、声、身振り、笑い方──その全てを映画のリズムとして採取していく。彼女が歩くたびに、画面の中に“映画の歩み”が可視化される。身体がフィルムを駆動させる。

やがて物語の終盤で、バルバラとジュリアンが結婚式を挙げる場面に至ると、映画は虚構と現実の境界を消し去る。というのも、撮影後、トリュフォーとアルダンの間に実際に子どもが生まれたから。映画の中の出来事が、現実を上書きする。トリュフォーは“映画の魔法”を信じ続けた最後の作家であり、その信仰は死の直前まで失われなかった。

『終電車』のような戦時下の重厚なメロドラマと比べると、本作はあまりに軽く見える。しかし、トリュフォーの軽やかさには倫理がある。重苦しい主題を語るよりも、日常の中に潜むユーモアを見つけ出すことのほうが、よほど誠実なのだ。

彼にとって映画とは、人生の“過剰”を映す装置である。だから、人物の行動に論理がなくても構わない。感情が物語を動かす。それがトリュフォーの信条であり、映画の生命そのものなのだ。

この映画は、そうした“感情の運動体”として機能している。観客はサスペンスの緊張ではなく、トリュフォーの生への歓びを浴びるのだ。軽やかさとは、死を受け入れた者の静かな強さである。

「日曜日が待ち遠しい!」──このタイトルの晴れやかさは、まるで死の訪れを予感していた男の最期のジョークのようだ。日曜日は、終わりであり、同時に始まりでもある。そこには死後の安息ではなく、“次の人生”への期待がこもっている。

トリュフォーにとって映画は、常に“次の週末”を待つような行為だった。永遠に終わらない撮影、終わらない恋、終わらない映画。彼がこのタイトルを選んだのは、映画を作り続けることそのものが生きる理由だったからだ。

ラストで結婚式を挙げる二人の姿は、トリュフォー自身の再生の象徴であり、スクリーンの中で彼は永遠に“日曜日”を待ち続けている。

DATA
  • 原題/Vivement Dimanche!
  • 製作年/1982年
  • 製作国/フランス
  • 上映時間/111分
STAFF
  • 監督/フランソワ・トリュフォー
  • 製作/アルマン・バルボール
  • 原作/チャールズ・ウィリアムズ
  • 脚本/フランソワ・トリュフォー、シュザンヌ・シフマン、ジャン・オーレル
  • 撮影/ネストール・アルメンドロス、フロラン・バザン、テッサ・ラシーヌ
  • 音楽/ジョルジュ・ドルリュー
  • 美術/ヒルトン・マッコニコ
  • 編集/マルティーヌ・バラーク、マリー・エーメ・デブリル
CAST
  • ファニー・アルダン
  • ジャン・ルイ・トランティニャン
  • フィリップ・ローデンバック
  • カロリーヌ・シホール
  • フィリップ・モリエ・ジェヌー
  • グザヴィエ・サン・マカリー
  • ジャン・ピエール・カルフォン
  • ヤン・デデ