『フライトプラン』(2005)
映画考察・解説・レビュー
『フライトプラン』(原題:Flightplan/2005年)は、ロベルト・シュヴェンケ監督によるサスペンス映画。夫を亡くした航空機設計士カイル・プラット(ジョディ・フォスター)が、娘ジュリアを連れてベルリンからニューヨークへ向かう旅客機に搭乗した直後、娘が機内から忽然と姿を消す事件に巻き込まれる。機長(ショーン・ビーン)や連邦保安官(ピーター・サースガード)らが協力するも、乗客名簿にも娘の記録がなく、母親の主張は次第に疑われていく。
母親という神話の崩壊
デヴィッド・フィンチャーの『パニック・ルーム』(2002年)で鉄壁の防衛線を張っていたジョディ・フォスターが、約3年ぶりに再び密室に閉じ込められる。
だが『フライトプラン』(2005年)の彼女は、もはや毅然とした「強い母親」ではない。旅客機という空間のなかで一人娘を失い、焦燥と疑念に呑まれていく彼女の表情には、理性の崩壊と歪んだ母性が同居している。
母親とは守る存在なのか、それとも破壊の引き金なのか。フォスターが発する叫びは、まるで自己のアイデンティティを取り戻すための絶叫のようでもある。だが問題は、その声が観客に共鳴しないことだ。
彼女の「母性」は人間的な温度を失い、ヒステリックな恐怖と化している。過剰な正義感、歪んだ被害者意識、そして自閉的な確信──それらが母親という神話を内部から侵食し、彼女自身を孤立させていく。
演技の精度は高い。だがフォスターの内部から放射されるべき「慈愛」は、異様なテンションで過熱し、観客を共感ではなく拒絶へと導く。監督ロベルト・シュヴェンケは、その狂気をサスペンスの燃料にしようとするが、最終的に映し出されるのは“母の聖性”の崩壊という寓話だ。
密室スリラーの変奏──現実と幻覚の境界
映画の大部分は、旅客機という人工的な密閉空間で展開する。そこで描かれるのは、現実と幻覚の境界が曖昧になるプロセスだ。娘が忽然と消える。乗務員も、乗客も、その存在を否定する。
観客は次第に「娘は本当に存在していたのか?」という不安に引き込まれていく。シュヴェンケはこの不確かな認識を映像的に構築する。
冷たい金属光沢、反射するガラス、長い廊下の奥に吸い込まれるカメラ。現実と幻影の境界が滑らかに入れ替わるようなカット構成によって、機体そのものがジョディ・フォスターの精神世界のメタファーとして立ち上がる。
観客が見るのは「飛行機のなかの事件」ではなく「母親の内的崩壊の可視化」であり、それはヒッチコック的な心理スリラーの系譜に連なる。
『バルカン超特急』(1938年)で老婦人が列車から消える構造を換骨奪胎しつつも、ここでは集団心理ではなく個人の妄念が中心に据えられている。
現実が確かめられない世界では、信じることが唯一の武器になる。だがその信念こそが、彼女を狂気へと導く。つまり、信仰と妄想のあいだに母性が吊り下げられているのだ。
“大山鳴動して鼠一匹”──構造の脆弱さと寓話性の破綻
観客が緻密な心理劇を期待したところで、物語はあっけなく地上へ墜落する。真相は単なる「身代金目的のハイジャック」。壮大な陰謀を暗示しておきながら、最後に残るのはスケールの小さな犯罪劇だ。
巧妙な伏線が張られていればこのミニマリズムも救われたが、脚本はその域に達していない。サスペンスの構造が空転し、ミスリードの演出が逆効果となってしまう。
娘の存在を疑わせる仕掛けが観客の興味を牽引する一方で、結末は現実的な説明に回収され、作品が持つ寓話性を自ら破壊しているのだ。フォスターの狂気を通じて「母性という信仰」を批評できたはずの映画が、最終的にリアリズムに回帰してしまう。
飛行機という密室、母娘という二人の孤島、そして観客の不確かな視線──これらが交錯する構図は本来きわめて現代的なサスペンスを生みうるものだった。
しかし物語はその潜在力を活かせず、すべての謎が解けた瞬間に映画の熱が失われる。「大山鳴動して鼠一匹」。その比喩が、この作品を言い表すのにこれほど適切な言葉もないだろう。
- 原題/Flight Plan
- 製作年/2006年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/98分
- ジャンル/サスペンス
- 監督/ロベルト・シュヴェンケ
- 脚本/ピーター・A・ダウリング、ビリー・レイ
- 製作/ブライアン・グレイザー
- 撮影/フロリアン・バルハウス
- 音楽/ジェームズ・ホーナー
- 美術/アレクサンダー・ハモンド
- 衣装/スーザン・ライアル
- ジョディ・フォスター
- ショーン・ビーン
- ピーター・サースガード
- エリカ・クリステンセン
- ケイト・ビーハン
- マイケル・アービー
- アサフ・コーエン
- マーリーン・ローストン
- フライトプラン(2006年/アメリカ)
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