【ネタバレ】『グロリア』(1980)
映画考察・解説・レビュー
『グロリア』(原題:Gloria/1980年)は、インディペンデント映画の巨匠ジョン・カサヴェテス監督が妻のジーナ・ローランズを主演に据えた、ハードボイルド・アクション映画。マフィアの秘密を知ったために命を狙われる少年フィルを成り行きで保護した元情婦のグロリアが、ニューヨークの街を舞台に組織と銃撃戦を繰り広げる様を、フレッド・シュラーの冷徹なカメラワークとビル・コンティの哀愁漂うスコア、そしてジーナ・ローランズが体現した圧倒的な強さと母性と共に描く。
インディーズの父が仕掛けた、痛快なるスタジオ映画ハック
アメリカ・インディペンデント映画の父と称されるジョン・カサヴェテス。彼は自宅を抵当に入れ、友人や家族を巻き込み、時には借金取りから逃げ回りながら『アメリカの影』(1959年)や『こわれゆく女』(1974年)といった傑作を世に送り出してきた。
そんな彼が、大手スタジオであるコロンビア・ピクチャーズの資金で、マフィアに追われる女と子供の逃走劇という、いかにもB級アクションな『グロリア』(1980年)を撮った。
当時の熱狂的カサヴェテス・ファンの一部は「巨匠が商業主義に魂を売った!」と嘆き悲しんだかもしれない。だが、断言しよう。本作はハリウッドの巨大資本を喰い物にしながら、カサヴェテス流の泥臭い人間賛歌を堂々とスクリーンに叩きつけた、映画史上最も痛快なスタジオ・システムへのハッキングなのだ!
そもそもの発端からして最高にパンクである。ジョン・カサヴェテスは自身の独立プロ作品の製作資金を手っ取り早く稼ぐためだけに、わずか数週間でこの脚本を書き上げた。要するに、ただの小遣い稼ぎのつもりだったのだ。
彼はコロンビア社に脚本を売り飛ばし、監督は別の誰かに任せる気満々。ところが、主演に妻のジーナ・ローランズが決定すると事態は急変する。「彼女が主役なら、俺が撮るしかないだろう!」とばかりに、結局は自らメガホンを取ることになったのだ。
結果として、組織に狙われた孤独な女と生意気な子供がニューヨークを逃げ回るという、ハリウッド的な王道プロットの中に、カサヴェテス特有の即興演出やドキュメンタリータッチのカメラワークが注入されることとなった。
用意された約400万ドルという彼にとっては莫大な予算を使い、カサヴェテスは1980年代の薄汚れたニューヨークの路上を縦横無尽に駆け回る。
マフィアの暗殺者たちが迫る息詰まるサスペンス映画の枠組みを借りながら、スクリーンに映し出されるのは、生きることに不器用な人間たちの必死のあがきだ。
しかも、大衆向けの娯楽作でありながら、芸術映画の最高峰であるヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞をかっさらってしまったのだから痛快極まりない!
商業主義のフォーマットを逆手にとり、自らの作家性を1ミリも曲げることなく、世界中をねじ伏せたカサヴェテスの恐るべきしたたかさが、この映画には横たわっている。
ハードボイルドを再定義したハイヒールの銃撃戦
『エイリアン2』(1986年)のエレン・リプリーや、『ターミネーター2』(1991年)のサラ・コナーが筋肉と重火器で武装したマッチョイズムの体現者だとするなら、ジーナ・ローランズ演じるグロリアは、その対極にして究極の「エレガンスと狂気のハイブリッド」である。
彼女は特殊部隊の出身でもなければ、正義感に燃える警察官でもない。かつてマフィアのボスの愛人だった、ただの疲れた中年女性なのだ。
親をマフィアに惨殺された6歳の少年フィルを成り行きで預かることになった彼女は、ウンザリした表情でタバコを吹かし、文句を垂れながらも、エマニュエル・ウンガロの高級スーツに身を包んでニューヨークの街を逃げ回る。
彼女の最大の武器は、ハンドバッグに無造作に放り込まれたS&Wの回転式拳銃と、ハイヒールでコンクリートを蹴り上げる圧倒的な気迫だ。追っ手のマフィアを前にしても、彼女は決して泣き叫んだり命乞いをしたりはしない。「アタシのバッグに触るんじゃないよ!」とドスの効いた声で一喝し、躊躇うことなく至近距離から銃爪を引く。
その姿の美しさと恐ろしさたるや!当時のアクション映画を支配していたシルヴェスター・スタローンや、アーノルド・シュワルツェネッガーの筋肉すらも霞んでしまうほどの、圧倒的オーラを放っている。
ジーナ・ローランズという女優が持つ、スクリーンをぶち破りそうなほどの生命力と、ジョン・カサヴェテスの執拗なクローズアップが見事に融合し、グロリアというキャラクターは神話的な存在へと昇華した。
彼女は別に母性に目覚めて子供を守るわけじゃない。自分のテリトリーに土足で踏み込んでくる理不尽な暴力に対して、中指を立てて徹底抗戦しているだけなのだ。
ハイヒールを鳴らして地下鉄の構内を全力疾走し、息を切らしながらも絶対に背筋を伸ばし続ける彼女の姿は、後のリュック・ベッソン監督の『レオン』(1994年)など、無数の映画に多大な影響を与えた。
ハードボイルドとは男たちの専売特許ではない。タバコの煙と安物の香水、そして硝煙の匂いを纏ったグロリアこそが、映画史上で最も痺れるハードボイルドの体現者なのである。
涙を拒絶した疑似母子のハードコアな逃亡劇
逃亡劇のサスペンスを盛り上げるもう一つの、そして最大の核となるのが、グロリアとプエルトリコ系の6歳の少年フィル(ジョン・アダメス)との全く噛み合わない関係性だ。
普通のハリウッド映画であれば、最初は反発し合っていた二人が、過酷な逃亡生活の中で徐々に絆を深め、最後は涙ながらに抱き合って「ママ!」と叫ぶような感動ポルノに仕立て上げるところだろう。だが、カサヴェテスはそんな安っぽい感傷を徹底的に拒絶する。この二人の関係は、最後まで徹頭徹尾ハードコアなのだ。
フィルは両親を殺された悲劇の少年のはずだが、決して可憐で従順な子供ではない。虚勢を張り、命の恩人であるグロリアに対しても大人びた口調で生意気なセリフを連発する。対するグロリアも「子供は大嫌いなんだよ!」と容赦なく罵倒し返す。
彼らはまるで長年連れ添って冷め切った老夫婦のように、あるいは縄張りを争う野良猫同士のように、ニューヨークの薄汚れた安宿やダイナーでギャーギャーと口論を繰り広げ続けるのである。
カサヴェテスは彼らに安易なスキンシップを許さない。突き放し、怒鳴り合い、それでも絶対に互いの手を離さないという不器用極まりない共依存の姿を、生々しいドキュメンタリーのような筆致で執拗に追いかけ回すのだ。
そして物語は、マフィアの巣窟に一人で乗り込んでいくグロリアの孤独な戦いと、残されたフィルの視点へと分かれていく。サックスのむせび泣くようなジャズスコアが響き渡る中、1980年代のニューヨークが持つザラザラとした空気感、ゴミの舞うスラム街、冷たいアスファルトの質感が、彼らの孤独な逃亡劇を否応なく盛り上げていく。
二人の間に芽生えたのは、般的な母性や愛情といった生ぬるいものではない。それは地獄の底で背中を預け合った戦友同士にしか分からない、血よりも濃い連帯である。
『グロリア』は、予定調和なお約束を全て破壊し尽くし、都会の片隅で身を寄せ合う二つの孤独な魂の衝突と融合を描き切った、アクション映画の皮を被った究極のラブストーリーなのである。
- 監督/ジョン・カサヴェテス
- 脚本/ジョン・カサヴェテス
- 製作/サム・ショウ
- 制作会社/コロンビア・ピクチャーズ
- 撮影/フレッド・シュラー
- 音楽/ビル・コンティ
- 編集/ジョージ・C・ヴィラセンノール
- 美術/ルネ・ダヴィラ
- 衣装/エマニュエル・ウンガロ
- 録音/クリス・ニューマン
- こわれゆく女(1974年/アメリカ)
- チャイニーズ・ブッキーを殺した男(1976年/アメリカ)
- オープニング・ナイト(1977年/アメリカ)
- グロリア(1980年/アメリカ)
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