2017/8/12

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)徹底解説|ディカプリオとスコセッシの狂乱交響曲

【ネタバレ】『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)
映画考察・解説・レビュー

8 GOOD

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(原題:The Wolf of Wall Street/2013年)は、実在の証券ブローカー、ジョーダン・ベルフォードの破滅的人生を描く。株価操作で巨万の富を得た彼は、ドラッグと快楽に溺れながら、自らの欲望を肥大化させていく。部下ドニーとの狂騒の日々、崩壊寸前の企業と人間関係、そして倫理を失った社会の姿が、終わりなき祝祭の中で映し出される。

ディカプリオの狂気とクズ男への完全転生

2010年代に入ってからのレオナルド・ディカプリオのキャリアを俯瞰すると、彼が意識的、いや、ほとんど強迫観念に近いレベルで、正統派ヒーローの役柄をかなぐり捨て、自らのイメージを破壊しにかかっていたことがよく分かる。

『タイタニック』(1997年)で世界中の女性を熱狂させた甘いレオ様の面影は、ここには微塵もない。『J・エドガー』(2011年)では猜疑心の強い強権的なFBI初代長官を特殊メイクで演じきり、クエンティン・タランティーノ監督の『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)では、極悪非道な農園主カルビン・キャンディを怪演。

さらに『華麗なるギャツビー』(2013年)では、富の頂点に立ちながらも、愛に執着し自滅していく孤独な億万長者。にわかファンを根こそぎ駆逐するかのように、エクストリームなキャラばかりを選び取ってきたのだ。

華麗なるギャツビー
バズ・ラーマン

そのひとつの臨界点に達したのが、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)におけるジョーダン・ベルフォート役だろう。一般の倫理観を持つピーポーからは間違いなく総スカンを食らうであろう、カネとドラッグとセックスに取り憑かれた最低のクズ男。

1980年代後半にウォール街を席巻したこの実在のトップディーラーは、証券会社に出社した初日にブラックマンデーの直撃を受けてあえなく失業。

しかし、持ち前の異常な話術とカリスマ性で26歳にして自らストラットン・オークモント社を設立し、クズ株を情報弱者に売りつけるパンプ・アンド・ダンプ(風説の流布と売り抜け)という悪徳商法で、年収4900万ドルという巨万の富を得た。

ディカプリオは、獄中で書かれたこの男の回想録を読み、そのあまりの破天荒さと人間の業の深さに惚れ込む。映画化権をめぐり、ブラッド・ピットとの間で熾烈な入札合戦が繰り広げられ、結果としてディカプリオが権利を勝ち取る。

自らプロデューサーに名を連ね、主演を務めたディカプリオの演技は、キャリア史上ベストアクトのひとつだ。信じられるものはカネばかり、保身のために平気で仲間を売り飛ばし、美しい妻マーゴット・ロビーにうつつを抜かす。

ありとあらゆるドラッグを鼻から吸引し続けるサイテー男を、彼はまるで憑き物が落ちたかのように、底抜けの歓喜とともに嬉々として演じきっているのだ。

ドラッグとFワードが乱舞する地獄の喜劇

主人公のキャラクターが常軌を逸するエクストリームならば、盟友マーティン・スコセッシ(本作で実に5度目のタッグ!)の演出もまた、リミッターが完全に吹き飛んだエクストリームの極みだ。

179分という長大な上映時間のあいだに、劇中でFワードが発せられる回数は、なんと驚異の506回!1分間に約2.8回という異常なペースで、これは当時のギネス世界記録を叩き出した(だから何なんだという気もするが、この映画の異常なテンションを測る上では極めて重要なバロメーターだ)。

普通の監督がこの題材を撮れば、オリバー・ストーンの『ウォール街』(1987年)のように「行き過ぎた拝金至上主義に対する道徳的な警鐘」という、お行儀の良い社会派ドラマに着地してしまうだろう。

ウォール街
オリバー・ストーン

しかし、スコセッシは違う。カネとオンナとクスリを満載にし、倫理的な説教を一切排除した、欲望のままに突き進む充足願望ムービーとして、底抜けに明るい地獄ムービー仕立て上げてしまう。

この問答無用なフルスロットル感は、スコセッシの裏社会マフィア映画の金字塔『グッドフェローズ』(1990年)と完全に地続き。編集の神様セルマ・スクーンメイカーによる、マシンガンのような猛烈なカッティングによって、3時間近い上映時間を体感速度30分に圧縮しているのだ(俺統計)!

僕が一番好きなシーンが、ヴィンテージ物のドラッグを大量摂取した結果、時間差で全身麻痺状態に陥る場面だ。足腰が完全に立たなくなったディカプリオが、カントリークラブの階段を這いずり回り、愛車の白いランボルギーニ・カウンタックになんとか乗り込もうとするヘロヘロ演技。

同じくラリってしまったジョナ・ヒル演じるドニーと、電話コードを巻き付けながら口から泡を吹いて取っ組み合いの喧嘩をする場面は、チャップリンやバスター・キートンに匹敵すると断言しよう。

二枚目俳優ディカプリオに、ここまで炸裂したバカっぷりに振り切っていただければ、我々映画ファンとしてはもう平伏して感謝の言葉を述べる以外にない。

アカデミー賞への強烈な中指とマコノヒーの影

自ら映画化権を買い取り、企画を8年間も温め続け、プロデューサー兼主演という重責を担って本作に携わった事実からも、ディカプリオが『ウルフ・オブ・ウォールストリート』に並々ならぬ執念を抱いていたことは明らか。

何せ、俳優休業宣言を出していたにもかかわらず、作品PRのために世界中を熱狂的に飛び回っていたほどなのだから。あの巨匠スコセッシですら、ある意味では「ディカプリオのビジョンを実現するために雇われた超一流の職人監督」という立ち位置だった。

だからこそ『ウルフ・オブ・ウォールストリート』には、ディカプリオの個人的な狂気と野心が、スクリーンにはっきりと刻印されている。この映画はある意味で、自分を正当に評価してこなかった保守的なアカデミー会員たちに対する、巨大な中指を立てた強烈な異議申し立てであったとも言えるだろう。

しかし、歴史は時としてあまりにも残酷。またしてもアカデミー会員たちは、映画史に残る怪演に対して、栄えある最優秀主演男優賞を授与する選択をしなかった。

ディカプリオを打ち負かし、この年の主演男優賞のオスカー像をかっさらっていったのは、『ダラス・バイヤーズクラブ』(2013年)で驚異的な肉体改造を見せたマシュー・マコノヒーだった。

そう、本作の序盤でウォール街のイロハをジョーダンに教え込み、レストランで胸をドンドンと叩きながらハミングする奇妙な儀式(あれはマコノヒーが撮影現場の緊張をほぐすために実際にやっていたルーティンを、ディカプリオが面白がって本番に取り入れたものだ!)を見せつけた、あの先輩ブローカー役の男である。

自分の渾身の主演作において、たった数シーンの脇役で強烈なインパクトを残して去っていった男に、喉から手が出るほど欲しかったオスカーを持っていかれるという、なんという映画的で残酷な皮肉!

とはいえ、ディカプリオの俳優としての真のピークであり、その狂気とコメディセンスが奇跡の融合を果たした到達点は、間違いなくこの『ウルフ・オブ・ウォールストリート』だ。

倫理も道徳もクソくらえ。映画というメディアが持つプリミティブな快楽とバイタリティを極限まで煮詰めた、問答無用の傑作である。

FILMOGRAPHY