『アンタッチャブル』(1987)
映画考察・解説・レビュー
『アンタッチャブル』(原題:The Untouchables/1987年)は、アメリカ禁酒法時代のシカゴを舞台に、財務省捜査官エリオット・ネス(ケビン・コスナー)が犯罪王アル・カポネ(ロバート・デ・ニーロ)の摘発に挑む実録犯罪ドラマ。警察内部の腐敗と暴力に抗いながら、老刑事マローン(ショーン・コネリー)、射撃の名手ストーン(アンディ・ガルシア)、会計士オスカー(チャールズ・マーティン・スミス)らとともに特別チームを結成し、巨大な闇組織に立ち向かう。権力と正義の狭間で揺れる彼らの行動は、信念を貫くことの代償と仲間の絆を浮かび上がらせていく。
〈中規模企画〉がいつのまにか“記念碑”へ変形した経路
パラマウントの設立75周年記念プロジェクトとして立ち上がった『アンタッチャブル』(1987年)は、本来もっとゴージャスに作られるはずの企画だった。
だが初期予算は1500万ドル程度と伝えられており、天下のパラマウントのアニバーサリー企画にしてはかなり控えめな数字だと言える。少なくとも当初の社内イメージは、“看板級”というより、そこそこ力の入ったクライム物くらいのポジションだった。
背景には、ユニバーサル時代からエリオット・ネスの映画化を追いかけてきたネッド・タネンが、パラマウントの製作トップに就任したタイミングでようやく権利と体制が整った、という経緯がある。
タネンはプロデューサーにアート・リンソンを指名し、テレビシリーズ版ではなく、ネスの回想録をベースにした“よりシリアスでオーセンティックな版”を作ろうとした。そこで招聘されたのが、当時ブロードウェイでも注目されていた劇作家デヴィッド・マメットである。
企画は紆余曲折の末に肥大化し、キャスティングの混迷も続く。主役ネス役にはメル・ギブソンやハリソン・フォードのほか、ドン・ジョンソンやジェフ・ブリッジス、マイケル・ダグラス、ミッキー・ロークといった80年代の顔ぶれがリストアップされていたとも伝えられている。
さらには「ジャック・ニコルソン主演で進行中」という記事が『Variety』に出た時期もあった。だがギャラやスケジュールの問題で交渉は難航し、最終的にはキャリア初期のケビン・コスナーという“まさかの指名”に落ち着く。この時点でようやく、テレビ版とも旧来のギャング映画とも違う“新しいネス像”が見え始める。
監督に起用されたブライアン・デ・パルマも、前作『ボディ・ダブル』(1984年)の興行不振でキャリアが風前の灯だった。スタジオ側から見れば、「アニバーサリー企画 × くせ者の監督 × 無名に近い主演」という、どう考えても“地雷っぽい”組み合わせ。
それでもデ・パルマは、マメット脚本をベースにしつつ、撮影ロケーションに合わせて場面を一部書き換えながら、クラシカルなギャング映画と自分の美学をどう接続するかを冷静に組み立てていく。
一方で、カポネ役には当初からロバート・デ・ニーロを想定していたものの、舞台出演との兼ね合いでスケジュールが読めず、保険としてボブ・ホスキンスやジーン・ハックマン、マーロン・ブランドまで候補に挙がっていたという。最終的にデ・ニーロが出演を承諾し、役作りのために体重を増やし、当時のテイラーに特注でスーツとシルクの下着まで誂えたエピソードは有名だ。
それでも最終的に予算は2400万ドル規模まで膨らみ、ショーン・コネリー、ロバート・デ・ニーロというスターが正式に参加。衣装にジョルジオ・アルマーニ、音楽にエンニオ・モリコーネが名を連ね、撮影もシカゴ市内の歴史的建造物やモンタナの橋を使った大掛かりなロケへとスケールアップしていく。
ロケーションに合わせてシーンを作り替えていくうちに、当初は“記念碑というより中規模のクライム物”だった企画が、いつのまにか80年代映画の“象徴”にふさわしいサイズ感へと変貌していったのである。
デ・パルマが“過剰”を封じて挑んだ、クラシック回帰の戦略
『アンタッチャブル』が面白いのは、デ・パルマが自分の“倒錯的タッチ”を意図的に抑えた点だ。
『殺しのドレス』(1980年)や『ボディ・ダブル』のドエロ、『スカーフェイス』(1983年)の残虐なバイオレンス。そんな彼の“トンガった個性”を、この映画ではほぼ封印している。
とはいえ、作家性を捨てたわけではない。ショック描写やエロティックな刺激を引っ込めつつ、緻密なカメラワーク、構図の妙、モンタージュの呼吸で“デ・パルマの署名”をきちんと残す。彼はここで「作家」と「職人」を見事に両立させたのだ。
クラシカルな正義と悪の構図も、ギャング映画史の文脈を踏まえると意図が見える。1930年代の抗争映画から『ゴッドファーザー』(1972年)の叙事詩、そして80年代『スカーフェイス』の暴力過多。
その流れの中で『アンタッチャブル』は、オーセンティックな世界線へ戻りつつ、80年代的ブロックバスターの文法も取り込む“ハイブリッド構造”に着地している。
ショーン・コネリーが演じた老練な警官マローンは、作品全体の“精神的背骨”だ。かつて世界を席巻したジェームズ・ボンドのイメージを背負いつつ、ここでは市井の老人としての渋みを纏い、人生の酸いも甘いも知る男として物語に重量を与える。名台詞「ナイフなら銃で応じろ」は、正義の脆さを象徴する一言であり、コネリーの存在感そのものだ。
デ・ニーロ演じるアル・カポネは、登場時間の短さを忘れさせる“帝王の質量”を放つ。役作りのために体重を増やし、暴君的肉体で恐怖そのものを体現。特に野球バットの場面は、80年代シネマの“暴力の記憶”として語り継がれている。
対してケビン・コスナーのネスは、派手さのない“透明なヒーロー”。だがこの透明さこそが映画の軸であり、コネリーやデ・ニーロの強烈なキャラクターを受け止める調和点として作用した。
この作品以降、コスナーは〈アメリカ的理想〉を体現する俳優へとステップアップしていく。『アンタッチャブル』は彼のキャリアの最初の大きなコペ転だったと言える。
スタイルの構築──アルマーニの視覚、モリコーネの情感、そして映画史への接続
アルマーニが設計した衣装は、登場人物のキャラクターを視覚的に分節する“記号のデザイン”だった。ネスの端正なスーツは彼の清廉性を象徴し、カポネの豪奢な三つ揃えは権力の誇示。映画はそこに“永続的スタイル”を獲得した。
モリコーネのスコアはさらに決定的だ。勇壮さと哀愁が共存するテーマ曲は、正義の昂揚と宿命の影の両方を鳴らす。単なる大作映画の伴奏ではなく、批評家が「真の主役」と評したほどの存在感を放つ。
そして忘れられないのが、ユニオン駅の銃撃戦=“オデッサの階段”シーン。エイゼンシュタイン『戦艦ポチョムキン』をあえて引用し、乳母車が階段を転がるショットで映画史と直結させる。
高速度撮影、暴力と無垢の対立、音の対位法。デ・パルマはサイレント映画の遺産を80年代的アクション文法に再接続し、自身のキャリアラインにも結びつけた。
本作は興行的にも大成功し、世界興収7000万ドルを突破。コネリーは助演男優賞を受賞し、デ・パルマは再びメインストリームへ返り咲く。しかしその後のキャリアでは“作家性と職能のバランス”という宿命的テーマに悩まされ続けることになる。
『アンタッチャブル』は、デ・パルマにとって避けて通れない分岐点だ。だからこそ、この一本を偏愛せずにはいられない。
- 監督/ブライアン・デ・パルマ
- 脚本/デヴィッド・マメット
- 製作/アート・リンソン
- 撮影/スティーヴン・H・ブラム
- 音楽/エンニオ・モリコーネ
- 編集/ジェリー・グリーンバーグ、ビル・パンコウ
- 美術/ウィリアム・A・エリオット
- 衣装/ジョルジオ・アルマーニ
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