『アイガー・サンクション』(1975)
映画考察・解説・レビュー
『アイガー・サンクション』(原題:The Eiger Sanction/1975年)は、クリント・イーストウッド監督・主演によるサスペンス・アクション。元殺し屋で現在は美術教授として静かな生活を送るジョナサン・ヘムロックが、組織からの依頼で最後の暗殺任務を引き受ける物語。彼は任務の標的がアルプス・アイガー北壁の登山隊に紛れていることを知らされ、かつての仲間たちや情報提供者から断片的な手掛かりを集めながら準備を進める。
スパイ映画から死のドキュメントへ
イーストウッド映画には、奇妙なジャンル・ベンディング(ねじ曲げ)癖がある。
最新鋭戦闘機の強奪映画と思いきや後半ひたすらドッグファイトが続く『ファイヤーフォックス』(1982年)や、脱獄サスペンスかと思いきや疑似家族のロードムービーに変貌する『パーフェクト・ワールド』(1993年)など、彼は既存の枠に安住することを嫌う。その作家性が最も過激な形で表出したのが、この『アイガー・サンクション』(1975年)だ。
前半は、引退した凄腕の殺し屋でありながら美術収集家という、キザな主人公ジョナサン・ヘムロックが、国際的な暗殺組織の依頼を受けるスパイ映画の定石を踏む。
アルビノの怪しい敵役、妖艶な美女、裏切りの予感。これらは当時の『007』ブームを意識した、ある種の悪趣味パロディとして機能している。 だが、物語の舞台がスイス・アルプスに移った瞬間、映画は牙を剥く。
スパイのガジェットも、美女との洒落た会話も消え失せ、画面を支配するのは「岩」と「氷」と「重力」だけになる。これはイーストウッドによる、ジャンル映画への裏切りであり、挑戦だ。
彼にとってスパイという設定は、観客を安全な座席から引き剥がし、極寒の山へ連れて行くための口実に過ぎない。彼が真に撮りたかったのは、組織の陰謀劇ではなく、垂直の壁に張り付く人間の、極限状態の肉体そのものだったのだ。
不能の塔──男根神話の祝祭と崩壊
原作は、覆面作家トレバニアンによるベストセラー小説だが、実はこれ、ジェームズ・ボンド的なマッチョイズムを皮肉った風刺小説として書かれていたという。
しかし、イーストウッドは映画化にあたり、その批評性を剥ぎ取り、真正マッチョ映画として再構築。その象徴が、中盤の見せ場であるユタ州モニュメント・バレーにそそり立つ岩塔トーテム・ポールへの登攀シーンだ。
文字通り巨大な男根の形をした、高さ約180メートルの岩塔。その頂上で、イーストウッドは友人のベン(ジョージ・ケネディ)とビールを飲む。 登頂=射精、このあまりにも露骨なメタファー!彼は山を女性に見立て、それを征服することで男としての全能感を誇示する。ここまでは、従来のマッチョイズムの祝祭だ。
だが、イーストウッドの作家性が光るのは、クライマックスのアイガー北壁だ。悪天候、滑落、凍傷によってパーティは次々と死に、ヘムロック自身もボロボロになる。
そして結末。彼は頂上(=絶頂)に到達しない。ミッションである標的の殺害も、極めて曖昧な、不全感を残す形で終わる。つまりこの映画は、男根的な塔の征服から始まり、最後は「登りきれない」「殺しきれない」という不能(ED)の状態を受け入れることで幕を閉じるのだ。
イーストウッドは自覚的だ。40代半ばに差し掛かった彼は、『ダーティハリー』で見せたような完全勝利が、もはや不可能であることを知っている。
だからこそ、この挫折を隠さず、むしろ生き残った者の勲章として描いた。後の『グラン・トリノ』や『運び屋』に通じる老いの受容と敗北の美学が、ここには既に刻印されている。
命綱一本の狂気──ダミー人形は使わない
『アイガー・サンクション』は、撮影方法もイカれていた。当初監督予定だったドン・シーゲルは、ロケ地の危険性を目の当たりにして降板。代わってメガホンを取ったイーストウッドは、「スタントマンやスクリーン・プロセスを使うなら、この映画は撮らない」と宣言する。
モニュメント・バレーのトーテム・ポール頂上に立つシーン。あれはセットでも合成でもない。イーストウッド本人が、ヘリコプターで吊り下げられ、幅数メートルの岩の上に実際に立っているのだ。ナバホ族の聖地であり、通常は登山許可が下りないこの場所で、彼は映画史上類を見ないスタントを敢行した。
そして、アイガー北壁での撮影中、本当の悲劇は起きた。撮影2日目、落石によってイギリスの登山家で撮影スタッフのデヴィッド・ノールズが死亡したのだ。
現場はパニックになり、撮影中止も危ぶまれた。だがイーストウッドは、「彼を無駄死にさせないために、完成させる義務がある」として続行を決断する。
劇中、落石で登山者が死ぬシーンがあるが、あれはスタッフの死という現実が、フィルムに死の匂いを焼き付けてた瞬間とも言える。イーストウッドにとって映画制作とは、現実の死と隣り合わせの儀式であり、だからこそ彼の映画には、フィクションを超えた冷徹な空気が漂う。
『アイガー・サンクション』は、成功したスパイ映画ではないかもしれない。ミステリーとしては破綻しているし、展開も強引すぎる。だが、イーストウッド映画としては大正解。
彼はこの映画で、「スーパーヒーローとしての男」を殺してみせた。山を征服できず、仲間を救えず、ただ命からがら生還するだけの男。その姿は、一見すると敗北者だが、イーストウッドの美学においては生存者という英雄になる。
勃起しない肉体(=登頂の失敗)」を晒すこと。それは老いと限界を直視し、それでも世界と対峙し続ける、成熟した男の新たな強さの宣言なのだ。
- 監督/クリント・イーストウッド
- 脚本/ハル・ドレズナー、ウォーレン・B・マーフィ、ロッド・ウィテカー
- 製作総指揮/デヴィッド・ブラウン、リチャード・D・ザナック
- 原作/トレヴェニアン
- 撮影/フランク・スタンリー
- 音楽/ジョン・ウィリアムズ
- 編集/フェリス・ウェブスター
- 恐怖のメロディ(1971年/アメリカ)
- アイガー・サンクション(1975年/アメリカ)
- ガントレット(1977年/アメリカ)
- ファイヤーフォックス(1982年/アメリカ)
- ペイルライダー(1985年/アメリカ)
- ホワイトハンター ブラックハート(1990年/アメリカ)
- 許されざる者(1992年/アメリカ)
- パーフェクト・ワールド(1993年/アメリカ)
- マディソン郡の橋(1995年/アメリカ)
- トゥルー・クライム(1999年/アメリカ)
- スペース カウボーイ(2000年/アメリカ)
- ブラッド・ワーク(2002年/アメリカ)
- ミスティック・リバー(2003年/アメリカ)
- グラン・トリノ(2008年/アメリカ)
- チェンジリング(2008年/アメリカ)
- インビクタス/負けざる者たち(2009年/アメリカ)
- ヒア アフター(2010年/アメリカ)
- J・エドガー(2011年/アメリカ)
- アメリカン・スナイパー(2014年/アメリカ)
- ハドソン川の奇跡(2016年/アメリカ)
- クライ・マッチョ(2021年/アメリカ)
- 陪審員2番(2024年/アメリカ)
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