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パーフェクト・ワールド/クリント・イーストウッド

『パーフェクト・ワールド』──なぜ死の瞬間に“風”が吹くのか?

『パーフェクト・ワールド』(原題:A Perfect World/1993年)は、クリント・イーストウッドが監督を務め、ケビン・コスナーを主演に迎えたロードムービー。脱獄囚ブッチと少年フィリップの逃避行は、やがて擬似的な父と子の絆を越えて、生の儚さと死の彼岸を見つめるロードムービーへと変貌する。

映画談義から始まった発見

長年親交を結んでいる編集者のT氏と食事をしたとき、いつものように映画談義に花が咲き、イーストウッドの直近のフィルモグラフィーの充実ぶりに話が転じ、たまたま最近BSで観た『パーフェクト・ワールド』(1993年)の話題になった。

パタパタとヘリコプターが旋回する音が聞こえる中、ドル札が風に舞い、目をつむって草原に横たわるケビン・コスナーを捉えたオープニング・シーンがいいですよねー、あれってエンディングでケビン・コスナーが射殺されたあとでも、全く同じシーンがインサートされていて、実は眠っていたんではなくて死んでいたことが分かるんですよねー、みたいな話をしたところ、T氏は驚くべき回答をした。

「ルイさん、オープニングで彼は死んでいたと思ったでしょ? よく観てください。彼はちゃんと目を開いているんです。つまり“死んでいるはずの男が生きている”ことが示されている。イーストウッド映画に繰り返し現れる“復活”のモチーフが、今回はイーストウッド自身ではなく、コスナーに託されているんですよ」

慌てて録画を見直すと、確かに彼はしっかりと目を見開いていた。なるほど、さすがはT氏。いつもながら本質を突いた洞察である。

善悪も生死も境界を失う世界

いつだってクリント・イーストウッドが描くのは、正義と悪が共存する世界ではなく、正義と悪が峻別できない世界だった。T氏の主張が正しいとするならば、『パーフェクト・ワールド』では生と死すらも峻別できない世界を描こうとした、ということになる。

その背後には、もうひとつ大きな主題がある。それは「父と子」の関係だ。ブッチが少年フィリップと逃避行を続けるのは、父親から愛されなかった男が、疑似的に“父の役割”を生き直そうとする試みでもある。

劇中で“パーフェクト・ワールド”と呼ばれるのは、ブッチの父が一度だけよこした絵葉書に描かれたアラスカだった。しかし、極寒の辺境の地が彼の理想郷だったとは、にわかに信じ難い(事実、アラスカが希望の場所として強烈にイメージングされるシーンはない)。むしろそれは、決して辿り着けない父性の幻想の投影だったのではないか。

おそらくブッチは最初から、この世にパーフェクト・ワールドなど存在しないことを知っていた。だからこそ、逃避行の行き先を“決して辿り着けない場所”=アラスカに設定したのではないか。

生と死の循環を映像化する

だが旅の途中で、彼は警察の銃弾に倒れる。そこには青々とした緑が広がり、一陣の爽やかな風が吹く。冒頭とラストに同じシーンを挿入する手法は、時間の直線性を拒み、“生と死の循環”を映像的に体現する。

ブッチが撃たれたあと、爽やかな風が吹き、青々とした緑が広がる場面は、死を告げるのではなく、むしろ「もうひとつの生」への扉を示唆しているかのようだ。現実でも死界でもない、生と死の狭間。そこにこそ、彼の“パーフェクト・ワールド”が横たわっている。

クリント・イーストウッドの作品において、冒頭とラストにまったく同じシーンを差し込むケースは極めて珍しい。しかし、モチーフや画構造を繰り返すことで物語を円環的に結ぶ手法は、彼のフィルモグラフィーの随所に見られる。

たとえば『許されざる者』(1992年)では、冒頭とラストに夕暮れの家を見つめるロングショットが登場する。そこに映し出される視点や意味は変化しているものの、映像的に作品全体を括る役割を果たしている。

『グラン・トリノ』(2008年)では、冒頭とラストに配置された教会のシーンが響き合う。開始時にはウォルトの孤立を示し、ラストでは彼の自己犠牲と祈りを象徴する場面となっている。

また『アメリカン・スナイパー』(2014年)では、冒頭の「銃口の向こうにいる少年兵」のカットが、物語を飛び越えて再登場し、時間を超えたサークル構造を生み出している。

こうした事例を踏まえると、『パーフェクト・ワールド』で見られるような“同じショットを物理的に反復する”演出は、イーストウッド作品においてもきわめて特異なものだと言える。

その特異性ゆえに、本作の「生と死の循環」という主題が、より鮮烈に観客の心に刻まれるのだ。

サニーサイド・オブ・イーストウッド映画

陽光きらめく1960年代のテキサス州を舞台に描かれるこの映画は、驚くほどのどかなタッチで紡がれる。『ミスティック・リバー』(2003年)や『チェンジリング』(2008年)が“ダークサイド・オブ・イーストウッド映画”だとするなら、『パーフェクト・ワールド』はさしずめ“サニーサイド・オブ・イーストウッド映画”と言えるだろう。

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『ミスティック・リバー』(クリント・イーストウッド)

なぜならこの作品は、ゴミ溜めのような腐りきった現実を引き写したものではなく、生と死の彼岸を描いているからだ。クリント・イーストウッドの眼差しは、常に遥か彼方を見つめている。

DATA
  • 原題/A Perfect World
  • 製作年/1993年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/138分
STAFF
  • 監督/クリント・イーストウッド
  • 製作/マーク・ジョンソン、デヴィッド・ヴァルデス
  • 製作総指揮/バリー・レヴィンソン
  • 脚本/ジョン・リー・ハンコック
  • 撮影/ジャック・N・グリーン
  • 美術/ヘンリー・バムステッド
  • 音楽/レニー・ニーハウス
CAST
  • ケヴィン・コスナー
  • クリント・イーストウッド
  • T・J・ローサー
  • ローラ・ダーン
  • キース・ザラバッカ
  • レオ・バーメスター
  • ブラッドリー・ウィットフォード
  • ジェニファー・グリフィン