『宇宙戦争』──なぜスピルバーグは破壊を“娯楽”にしたのか?
『宇宙戦争』(原題:War of the Worlds/2005年)は、スティーヴン・スピルバーグがH・G・ウェルズの同名古典SF小説を再映画化した作品。アメリカ東海岸を襲う謎の宇宙生命体の侵略により、父レイ(トム・クルーズ)は子どもたちを連れて逃走を始める。地中から出現するトライポッドが街を焼き尽くし、崩壊する都市で人々は恐怖と混乱の中を彷徨う。第78回アカデミー賞で音響編集賞ほか3部門にノミネートされた。
スピルバーグ、再び“襲来”へ
一貫して宇宙人との交流を描き、人間と異星のあいだに希望を見出してきたスティーヴン・スピルバーグが、9.11以降にあえて“襲来”を題材とした──その事実だけで『宇宙戦争』(2005年)は興味深い。
多くの観客は、これがきっと「アメリカのトラウマを寓話化した政治的映画」だろうと踏んでいた。だが、結果は正反対だった。地中からトライポッドが突き出し、殺人ビームを放って人間を灰に変える。
ポール・バーホーベン『スターシップ・トゥルーパーズ』顔負けのパニック描写。スピルバーグはまるで少年のような歓喜で終末を描く。彼のカメラは恐怖ではなく、破壊の“絵面”そのものに魅せられている。
『宇宙戦争』の異常さは、その無邪気さにある。世界が焼け落ち、人々が逃げ惑う光景を、彼は“娯楽のフォーマット”として撮る。もちろん、カメラが一般人の逃走を追う構図は9.11の映像を想起させる。だがスピルバーグはそれを政治的文脈ではなく、純粋な「映像的快楽」として再構成する。
エンパイア・ステート・ビルが崩壊する映像が、報道ではなく“映画的モチーフ”として再誕する。『プライベート・ライアン』(1998年)でも同様だった。彼は戦争の悲惨さを説くのではなく、ノルマンディー上陸の惨状を“映像として再現したい”という衝動で撮った。
スピルバーグとは、思想ではなく衝動によって映画をつくる男なのだ。
政治よりもクラフト
今日、映画はしばしば思想を語るための器として消費される。だがスピルバーグはそれを拒否する。彼の映画は、純粋なクラフトマンシップの結晶だ。構図の設計、編集の呼吸、群衆の動線。そこにイデオロギーはない。むしろ、理屈を排した職人としての無垢さが、彼の最大の武器である。
だが彼自身はただのエンターテインメント宣言者でもない。『宇宙戦争』の中に、父と子の物語や、人間同士の倫理的葛藤を織り込もうとする。その意図は理解できるが、結果として作品の純度をやや曇らせている。
特に問題なのは、トム・クルーズがティム・ロビンスを殺害するシーンだ。極限状況で人を殺めることの必然性を描きたい意図は明白だが、ティム・ロビンス演じる男の人物像があまりに薄いため、行為そのものが倫理的な重みを欠く。
そこに残るのは、「仕方がない」という軽さだけ。スピルバーグの世界では、モラルは常に“装置としての演出”に過ぎない。観客がドラマ的カタルシスを感じられないのは当然だ。彼の興味は人間ではなく、あくまで「イメージの持つ物理的衝撃」にある。
逃げるという生の選択
『インデペンデンス・デイ』(1996年)が国家と文明を背負ったマクロなスケールで地球を救う物語だったのに対し、『宇宙戦争』は一人の父親が子どもを連れて逃げ続けるミクロなサバイバル劇である。
観客の中には「逃げてばかりの主人公」に不満を漏らす者もいた。だが、この映画の主題は“戦うこと”ではなく、“生き延びること”にある。ドッジボールにたとえれば、敵のボールを奪って反撃するのではなく、最後の一人になるまで逃げ続ける──それがスピルバーグ的ヒロイズムだ。
そして、ここにこそ彼の驚くべき強度がある。9.11という国家的トラウマすらも、彼は娯楽として転換してみせる。阿鼻叫喚をも“映画の構図”として処理し、観客に再び“映画を信じる快楽”を与える。
スピルバーグは時代の痛みを浄化しない。ただ、痛みを映像に変換する。『宇宙戦争』は、その残酷なまでの誠実さによって、現代でもっとも無邪気な黙示録映画となった。
- 原題/War Of The World
- 製作年/2005年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/114分
- 監督/スティーヴン・スピルバーグ
- 製作総指揮/ポーラ・ワグナー
- 製作/キャスリーン・ケネディ、コリン・ウィルソン
- 脚本/ジョシュ・フリードマン、デヴィッド・コープ
- 原作/H・G・ウェルズ
- 撮影/ヤヌス・カミンスキー
- 美術/リック・カーター
- 音楽/ジョン・ウィリアムズ
- 衣装/ジョアンナ・ジョンストン
- 特撮/デニス・ミューレン
- 編集/マイケル・カーン
- トム・クルーズ
- ジャスティン・チャットウィン
- ダコタ・ファニング
- ティム・ロビンス
- ミランダ・オットー
- ダニエル・フランゼーゼ
- ジーン・バリー
- アン・ロビンソン
- リック・ゴンザレス
